若くして亡くなることの多いミュージシャン。
また、死後しばらくして散骨の仕方が話題になることもあります。
2016年1月に亡くなったデヴィット・ボウイさんはバリ島と毎年ネバタ州で行われるフェス「バーニングマン」で散骨するなど、音楽ファンを驚かせました。
デヴィット・ボウイさんほど個性的な散骨は稀ですが、歴代の旅立たれたロックスターの中には、海、川、湖など様々な場所に散骨されています。
今日は散骨したロックスターたちについて整理してみたいと思います。
ジョン・レノンは墓・遺灰の行方が非公表もオノヨーコが散骨を証言
ジョン・レノンさんといえば、毎年命日になるとファンがストロベリー・フィールズにあるイマジンの碑にジョンを偲んで訪れます。
しかし、実はジョン・レノンの墓の所在は明らかになっておらず、遺灰がどこにあるのかもわからないというのが事実です。
墓の場所を公表してしまうと、その場所がわかってしまうとお墓が掘り返されてしまう可能性が高いというのがそのひとつの理由となっています。
現在のファンが訪れているセントラルパーク・ストロベリー・フィールズは、生前に結婚していたオノヨーコさんが、
”自宅であったダコタ・ハウス近くのセントラルパーク・ストロベリー・フィールズに遺灰を撒いた”
とのニュアンスの発言をしたことが発端です。
おそらく、散骨したのは1箇所ではなく、妻子との楽しい思い出の残る自宅付近(ストロベリー・フィールズ)にも一部撒いたということだと思われます。
カート・コバーンはワシントン州のウィシュカ川に散骨
ショッキングな死から長年経っても熱狂的な信者を抱えるカート・コバーン。
カートの聖地巡りといえば、最後に亡くなった自宅や、その近くのベンチが有名ですね。
カートは死後、火葬され、遺骨はワシントンのウィシュカ川に散骨されました。
命日になると、ワシントン湖畔のカートのかつての自宅近くにある公園(ヴィレッタ・パーク)を訪れ、追悼を捧げ、彼の人生と思い出を祝う集会が行われています。
Metallicaのクリフ・バートンはサンフランシスコ湾に散骨
Metallicaのベーシストとして活躍していたクリフ・バートンは、1986年9月27日にツアー中のバスの転倒で亡くなりました。
死後、クリフの遺灰はサンフランシスコのSFベイエリアに散骨されました。

ちなみにクリフの地元・カリフォルニア州カストロバレーには、 小さな記念碑 があり、毎年命日にファンがクリフを偲んで集結しています。
マーヴィン・ゲイは太平洋の海に散骨
ソウルの大御所・マーヴィン・ゲイは1984年の45回目の誕生日に射殺されました。
父のマーヴィン・シニアと口論になり、激昂した父が拳銃を発砲。
至近距離から放たれた2発の弾がそれぞれ胸部と肩に命中し、病院に運ばれる前に死亡。
父・シニアが使用した拳銃は生前に息子からプレゼントされたものでした。
4月5日には自宅前でマーヴィンの告別式が行われ、モータウン時代の盟友を含め1万人以上の人々が参列しました。
マーヴィンの遺灰は太平洋の海に散骨されました。
ビートルズのジョージ・ハリスンはガンジス河に遺灰を散骨
ジョン・レノンと同じビートルズのジョージ・ハリスンさんも遺灰を散骨してます。
ハリスンは生前にヒンドゥー教に傾倒しており、遺灰の一部をインドのアラハバード市近くで聖なるヤムナー川とガンジス川が合流する地点に散骨することを希望していました。

本人の遺言通りにロサンゼルスで火葬された後、ガンジス河へ散骨。
また、遺灰はバラナシ市近く、聖地アラハバードでも散骨されました。
ジャニス・ジョプリンの遺灰はカリフォルニア州太平洋上空に散骨
ジャニスジョプリンは1960年代に代表するロックミュージシャンで”クラブ27”の象徴的存在。
ジャニスは1970年10月4日にアルバム『パール』の録音のため滞在していたロサンゼルスはハリウッドの現ハイランド ガーデンズ ホテル(当時の名称はランドマーク・モーター・ホテル)105号室のベッド横の床に倒れて死亡しているのが発見。
遺体は火葬され、9日後の10月13日カリフォルニア州、マリン郡スティンソン海岸沖の上空から太平洋へと海洋散骨されました。
Queenのフレディ・マーキュリーは湖に散骨
Queenのボーカルとして知られるフレディ・マーキュリー。
エイズにより亡くなり、その後は遺言で遺族により火葬され、その後湖へ散骨されました。
なお、散骨ではなく埋葬である可能性もあり、散骨も一部で別に納骨もされているとも言われています。
元恋人で生涯の友人でもあったメアリー・オースティンだけがどこにあるのかを知っているとされており、場所は公表されていません。
ジェリー・ガルシアはサンフランシスコ湾とガンジス川に散骨
アメリカ出身のグレイトフル・デッド(Grateful Dead)のリードギタリストであるジェリー・ガルシア。
日本では知名度は低いですが、1960年台のヒッピー文化を支えた重要人物です。
1995年8月9日午前4時23分、ガルシアはリハビリテーション・クリニックの自室で心筋梗塞で死亡しているのが発見されました。
1996年4月4日、朝の月食後にインド、リシケーシュのガンジス川にガルシアの遺灰は散骨し、残りの遺灰はサンフランシスコ湾に散骨されました。
ダムドのブライアン・ジェームスはイギリスのニューヘイブン沖で散骨
伝説のバンド・ザ・ダムド(The Damned)の創設メンバーであり、デビューアルバム『Damned Damned Damned』の主要なソングライターであるギタリストのブライアン・ジェイムス。
2025年3月6日に家族に看取られ70歳で死去。
死後、ブライアンさんの奥さんであるミンナさんが情報誌のインタビューの中で遺言通りにブライアンの遺灰を海洋散骨したことを明かしました。
ブライアンの遺灰はイギリスのニューヘイブン沖で散骨され、奥さんのミンナさんは「美しい日でした。海もとても穏やかでした」「海洋散骨は珍しいと思いますが、夫の遺言だったのです」と話しています。
国内ではX・hideの海洋散骨が有名
国内のミュージシャンにも海洋散骨をした方がいます。
それはXのギタリストでソロとしても活躍されたhideさんです。
hideさんの死後、多くのファンが後追いするなどセンセーショナルな話題となりましたね。

hideさんは火葬後、神奈川県三浦市の三浦霊園に納骨され、遺骨の一部を亡くなる前に住んでいたアメリカのロサンゼルスのサンタモニカ沖に散骨。
当時、分骨の様子が報道されていましたね!
hideさんの横須賀のお墓に多くのファンが駆けつけ問題になっていますが、マニアックな人はサンタモニカ沖にも行ってるようです。
また、ファンの中には自身が亡くなった際にhideさんと同じロスへの海に散骨を希望する方もいるとか。
作曲家のの”いずみたく”は江ノ島沖に散骨、世界中を旅した藤圭子も。
国内ではミュージシャンよりも俳優などの方が海洋散骨をされていますね。
hideさんのん他に「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマ曲や、ドリフの「いい湯だな」など、数々の名作を送り出した作曲家・”いずみたく”さんが海洋散骨をしてます。
生前のいずみさんが海が好きだったということで、代表曲「見上げてごらん夜の星を」をご家族が口ずさむ中、江ノ島沖に散骨したとのことです。
宇多田ヒカルさんの母であり昭和を代表する歌姫だった藤圭子さんも、遺言状に海洋散骨をして欲しいと残し、その通りに海に散骨されています。
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日本国内における海洋散骨。方法と費用
海洋散骨とは、遺骨を海にまく納骨方法です。
墓地や納骨堂に納めるのではなく、粉末状にしたご遺骨を海へと還します。
単純に生前に”海が好きだった”、海に強い想いがある人、元東京都知事の石原慎太郎さんのように「人は自然に帰るべき」として遺言書に海洋散骨を求める方も多いです。
昔はクルーザーや船を使うのにお金が掛かる為に富裕層の特権のような雰囲気がありましたが、近年では海洋散骨を専用とする業者が増え、庶民にも手が届く選択となっています。




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