Mr.Childrenのギター・田原健一さんといえば、他メンバーの強烈な個性のせいか、比較目立ちません。
しかし、実際には繊細なリズム感に透明感溢れるギターでミスチルの演奏を支えている重要人物です。
私生活などの情報が少ない田原健一さんですが、彼について分かっている範囲のことを整理してみたいと思います。
田原健一は福岡生まれの東京育ち。子供の頃はガチな野球少年
田原健一さんは福岡生まれの東京都中野区育ちです。
家族構成は母・テルヨさんと父・房明さんと姉の4人家族で、桜井和寿さんと同じ。
さらに身長171センチで血液型がO型なのも桜井和寿さんと一緒です。
小学生になるまでの6〜7歳までを福岡で過ごし、その後に東京に引っ越してきました。
| 名前 | 田原健一 |
| 生年月日 | 1969年6月29日 |
| 出生地 | 福岡県 |
| 出生地 | 東京都中野区 |
| 身長 | 171センチ |
| 血液型 | O型 |
| 出身小学校 | 狛江第六小学校 |
| 出身中学 | 狛江第二中学 |
| 出身高校 | 関東高校(現・聖徳学園) |
田原健一はプロ野球選手を夢見る野球少年だった
田原健一さんは狛江第六小学校に転校すると、プロ野球選手に憧れ硬式の中野東リトルに所属しました。
小学生の頃は博多弁が抜けておらず、友人らから不思議がられていたそう。
野球は狛江第二中学校に進学した後も続け、中学でも硬式の狛江リトルシニアに所属。
田原さんが進学した中学では軽音学部が盛んで、友人達のバンド演奏に触発され、中学卒業の頃に初めてギターを購入しました。
トランプクラブで仲良くなった中川敬輔さんと中学でバンドを組む際、危うくベース担当になりかけますが、ギターがやりたいと伝え無事にギター担当にしてもらえたそう。
桜井和寿さんと家族構成や身長、血液型が同じですが、プロ野球選手に憧れて小・中で野球をやっていた、中学でギターを覚えた部分まで同じです。
田原健一は高校時代に桜井と同じ女性を巡って三角関係。その後の彼女が現在の嫁
田原健一さんは中学を卒業後は聖徳学園高校に進学し、高校でも野球部に所属しました。
中学からの同級生・中川敬輔さんも同じ高校に進学し、軽音学部に入部。
田原さんは野球部だったということで当時は丸坊主、同じクラスになった桜井和寿さんのギターを見て「それテレキャス?」と話し掛け意気投合。
桜井和寿さんに「バッドをギターに持ち替えろ」と言われ、野球部を退部し軽音部に入部。
田原さんが軽音部に入った際、中川敬輔さんから「なんで野球部なのにいるの?」と驚かれたそう。
軽音部で初バンド「BEATNIK」を結成。キーボードの桜井和寿の彼女と三角関係
晴れて軽音学部に入部した田原さん、そこで桜井和寿さんと中川敬輔さんと共に「BEATNIK」を結成。
この「BEATNIK」ではキーボードが当時の桜井和寿さんの彼女でした。
その桜井さんの彼女は田原さんとも良い感じになってしまい、一時期は三角関係のような形になって揉めたそうです。
その際、中川さんが三角関係の仲裁を行なったとか。
ちなみに、そのキーボードの彼女と桜井さんは高校を卒業した後も交際を続け、現在でも桜井さんの中で特別な存在。
桜井さんの高校時代の彼女の話は別記事にも書いています。

当時の彼女は初期のミスチルのラブソングに影響を与えてるようです。
田原健一の現在の嫁は高校時代からの彼女
桜井和寿さんのキーボードの彼女と三角関係になった田原さんですが、その後に高校時代のうちに別の彼女ができました。
そう考えると、高校時代の田原さんは恋に積極的だったことが伺えます。

田原さんは高校卒業後に予備校(代々木ゼミナ―ル千駄ヶ谷校)に通いますが、その後に大学受験を諦め、”ザ・ウォ―ルズ”でのライブ活動に専念。
その後にミスチルでブレイクすることとなりますが、高校時代の彼女との交際はずっと続きます。
そして、田原健一さんは90年代半ばに一般人の女性と結婚、その相手は高校時代からの彼女だと言われています。
嫁さんとの間には子供が生まれており、良い父親と評判です。
田原健一の性格とは?”はまちゃん”や皇帝”。逸話や伝説
メディアに向けての発信がほぼ0の田原健一さんは、ミスチルメンバーの中で最も謎。
過去1度も余計な問題を起こしておらず、堅実にやるべきことをやる性格から”裏リーダー”と認識され、メンバー・スタッフ・ファンから信頼されています。

過去にNHKの「SONGS」の密着が入った際、体調不良の桜井和寿さんがカラオケで熱唱したのを聞いてメンバーに怒る田原さんの姿がありました。
初期の頃は番組でダウンタウンの浜田雅功さんに似てるということで、「はまちゃん」と呼ばれイジられたりしていました。

ミスチルが超VIPに現在、田原さんを「はまちゃん」なんて呼べる人はいないですが。
「ミスターチルド連合」というサイトでメンバーが王様など位で呼ばれていた頃、田原さんは”皇帝”と呼ばれファンの間で浸透し、今でも古株のファンは田原さんのことを”皇帝”と呼んでたりします。
Mr.Childrenのメンバーやスタッフらの野球チーム「ジミケン」では田原さんが監督を務め、チーム名は田原さんが地味なこと、名前の「健一」、伝説のギタリスト「ジミヘン」に掛けて命名されています。
ちなみにジミケンはジャニーズチームとの試合でボロ負けしたことがあるそう(相手ピッチャーは中居正広)。
田原健一の逸話やちょっとした逸話
- ライブのメンバー紹介で桜井を紹介するためのわずか1行の定型MCですらメモに原稿を書いてアンプの後ろに置いていた
- 子供の卒園式で号泣した
- 休日の過ごし方について聞かれ「家族と過ごしている」と答えていた
- 雑誌の複数人のインタビューでは田原だけ「・・・」となっていることが多い
- アルバム『深海』のレコーディング時、NYで周りの人からいじめられ号泣した
- ライブの話は素っ気無いのにレストランから出される食事や酒の説明になると、物凄いテンションで喋る。
- ギターファンの間で存在感は薄いが、時より亀田誠治さんなどとんでもない大物にベタ褒めされる。
- 福岡→東京で元野球部なのに何故か神奈川のサッカーチーム「川崎フロンターレ」のサポーターである
- 「鈴木がどれだけMCでふざけようと動じない人」と紹介されたことがある
- カラオケが嫌いでスタッフらと行っても待合室の椅子とかにいる
- 昔は趣味に読書&ドライブと書いていた
- 学生時代はモテていた









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