伝説のバンド・BOOWYでベースとして活躍した松井常松さん。
BOOWY時代は氷室京介さんがMCで度々「渋い男」として松井さんを紹介していました。
実際に松井常松さんの経歴などを辿ってみると、渋い男前であることがわかります。
今日は松井常松さんの経歴と共に渋い魅力について書いてみたいと思います。
松井常松は高校時代に氷室京介と「デスペナルティ」を結成
BOOWYのボーカル・氷室京介さんにとって、松井常松さんこそが最も古い音楽仲間です。

松井常松さんと氷室京介さんは共に群馬県倉賀野町出身で、実家も近所。
家族は両親と4歳年上の姉が1人です。
倉賀野中学校時代は同じく同級生で後に詩人として有名になる”山田かまち”さんの3人でバンドを組んで遊ぶような仲でした。
| 芸名 | 松井常松 |
| 本名 | 松井恒二(まつい こうじ) |
| 生年月日 | 1960年9月8日 |
| 出身地 | 群馬県高崎市 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 170センチ |
| 出身高校 | 群馬県立高崎商業高等学校 |
松井常松は高校生にして氷室京介とフォークバンドを結成
松井常松さんは高崎商業に進学すると、中学時代の同級生・氷室京介さんとバンド「デスペナルティ」を結成。

当時、松井さんはギターで氷室さんはドラムだったそうです。
氷室さんが地元で有名な不良だったことは誰も知る事実ですが、松井さんは氷室さんほど危険な方ではなかったそうです。
当時から面識のあった地元の後輩・布袋さんの立派な自宅に氷室さんとお邪魔した際、布袋さんにケーキの上に歯磨き粉を乗せられるイタズラをされた逸話があります。

布袋さんは氷室さんに呼び出されると怯えていた反面、松井さんにはイタズラを仕掛けるなどライトなノリで、比較的冗談が通じる方だったことが伺えます。
高校生の頃の松井さんは、氷室さんと共に音楽で夢を見ては、不安に駆られていたそうです。
松井さんは自身のソロ曲『あの頃僕らは』という曲の歌詞にある、
あの頃僕らは抱えきれない夢の退屈におびえて真夜中を走ってた
あの頃僕らはわけもなく集まってわけもなく笑い わけもなく泣いていた
この歌詞は、高校時代を思い浮かべて書いたそうです。
上京し秋葉原の石丸電気に勤め目の前が墓のアパートに住む
松井さんは高校を卒業した後は大学に進学せず、音楽活動に集中。

氷室さんと組んでいた「デスペナルティ」は1979年8月25日にヤマハ主催のEastWestコンテストに入賞。
実力が認められ、晴れて音楽事務所「ビーイング」と契約し上京。
上京後の松井さんは秋葉原の「石丸電気」に勤め、目の前が墓場のアパートに住みました。

肝心の「デスペナルティ」はビーイングに「実力不足」を理由に強制解散させられ、その後に氷室さんがメインの「寺西修&ヴォイス」に参加。

そして、織田哲郎のバンド「織田哲郎 & 9th IMAGE」にベーシストとして加入するなどしました。

1980年に氷室京介さんと布袋寅泰さんがバンドを結成しようとしていることを知り、松井さんも合流。
以降は、BOØWYのメンバーとして活動しました。
BOOWYでの松井常松の逸話。全盛期に結婚し一番最初に父親になる
BOOWYでの松井常松さんは”直立不動のベーシスト”として骨のある楽曲を支えました。

一時期、wikiに「昔はステージでよく動いてた」と書かれていましたが、本人はこれを否定。
松井さんが直立不動で弾いていた理由は、プロデューサーの佐久間氏からダウンピッキングで”一定のパワーで弾いて欲しい”とお願いされた為、淡々と力強く弾く必要があった為です。
現在では”鬼ダウンピッキング”として語り継がれています。
BOOWY時代の逸話としては、
- BOOWYの全盛期に結婚し、1987年に第一子の娘が誕生し一番最初に父親になった。
- BOØWYがブレイクする前まで六本木のスクエアビル内にあったゲームセンターでアルバイトをし、店長から「髪立ててメイクしてバイトに来るのやめてくれない?」と注意された
- 阿佐ヶ谷にあった「mint」というカフェバーのマスターとなるも店がBOØWYの連絡先も兼ね熱心なファンが通い詰めたことでまとも営業ができず閉店。
- お墓前のアパートに住んでいた頃、遊びに来ていた布袋寅泰に「夏は涼しい風が入ってきて気持ち良い」と好評だった。
- 解散ライブ『1224』で氷室に「ずっとずっと昔から知ってるけど渋い男です。オン・ベース、松井恒松!」と紹介された
松井常松の現在。寡黙なキャラから一変し饒舌な一面も。松嶋クロスとの関係
松井常松さんは1988年にBOØWYが解散すると、その後はスタジオ・ミュージシャンとして布袋寅泰さんや氷室京介さんと再共演しました。
1989年にソロアルバムをリリースすると、そこから2018年までに19枚ものアルバムをリリース。
2004年にはオオエタツヤ、岸利至と共に「Groove Syndicate」名義で、日本武道館で行われたデヴィッド・ボウイ来日公演のオープニングアクトを務めるなど、さりげなく大舞台にも登場しています。
ライブの表現が広がるという理由からギターも弾くようになるなど、努力を続けています。
現在までに売り上げやトレンドを気にせず、渋く音楽を続けている印象です。
地元・高崎ではラジオのパーソナリティを勤めており、これまでの寡黙なイメージと一変し、饒舌でよく笑う一面を見せています。
氷室京介さんの関係はずっと良好で、一緒に釣りに行ったりしてるようですが、氷室さんとの関係性を口外しない姿勢を保ち続けています。
また、元BOOWYメンバーである布袋寅泰さん、高橋まことさんと3人でのレコーディングも実現されるなど、唯一フラットな立ち位置を保っています。

誰からも信頼されている証であり、松井さんが人間的に魅力的に見られていることがわかりますね!
松嶋クロス氏との関係にファンが心配?
松井常松さんはある時期から関東連合との関係が噂されました。
その理由としては、関東連合の元メンバーである松嶋クロス(重)さんと交友があったことです。
なんと、松井さんは過去に松嶋クロスさんに自身の20周年記念アルバムのプロデュースを依頼したり、ライブで共演するなどしてたのです。
ベースをプレゼントしたこともあったりと、それなりに仲良しであることが分かっています。
現在は悪の世界から離れていると思われていましたが、2019年に中学校の近所に組事務所を設立したとして東京都暴力団排除条例違反で逮捕されています。
元々、ヤンチャだった氷室さんとバンドを組むほどだったので、音楽活動と素行は切り分けて考える主義なのかもしれませんね!









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