TOSHIを洗脳した倉渕透の現在。MASAYAから改名。X解散とhide死去の元凶?

V系90年代前半
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倉渕透さんといえば、「MASAYA」の活動名で作詞作曲、音楽プロデューサー、自己啓発系の団体を率いた人物です。

世間的にはXのTOSHIさんの洗脳報道で頻繁に名前が上がり、本人もテレビで顔を出して堂々と発言されていました。

倉渕さんは実業家としてはかなり優秀な方であり、TOSHIさんを取り囲んだハウスオブハートのシステムも巧妙でした。

TOSHIさんと決別して以降は活動名は「MARTH」に改名して活動を続けているようです。

今日は倉渕透さんの経歴と現在について書いてみたいと思います。

倉渕透は学生時代から歌手や芸能活動。名門高校卒業の秀才!

MASAYAとして有名な倉渕透さんは1957年に東京都港区に生まれ育った都会っ子です。

父親は法務省や東京地検に勤務しているエリートで、裕福な家庭で育ったとされます。

小学生の頃からアニメの主題歌を歌うなどしていたそうです。

高校は芸能人御用達の堀越高校の芸能コースに通うなど、高校生の頃から芸能系の仕事の近くにいたと思われます。

編入し卒業した明大付属中野高校は高偏差値の名門ということで、学生の頃から勉強のできる秀才だったことが伺えます。

出生名 倉渕透(くらぶち とおる)
別名義 倉渕雅也
活動名 MARTH(マース)←MASAYA
生年月日 1957年12月13日
出身地 東京都港区元麻布出身
職業 音楽プロデューサー、ソングライター、実業家。自己啓発セミナー主催者。
学歴 堀越高校→明大附属中野高校卒業

起業しながらも俳優業も掛け持ち。映画「無力の王」に出演

高校を卒業すると、19歳の時に仲間と学生ツアー事業を始め、「ナッツベリー」「オレンジペコ」などの大手を合併。

芸能系の仕事も続け、1981年の24歳の頃には高樹澪と柄沢次郎が主演の映画『無力の王』に「倉渕雅也」名義で出演

内田裕也さんなども出演してる大人の雰囲気のある作品でした。

事業の方では芸能界のコネを活かして日航ジャンボを3台借りて芸能人と学生を一緒に旅行するという大胆な企画を発案。

結局、人数が集まらずジャンボ1台のみの旅行と妥協することなりますが、企画力が日本航空に評価され、日本航空資本による会社「GYRO」を設立し、倉渕さんは代表取締役となりました。

その後もいろいろな事業を立ち上げ挑戦しますが、ディスコと旅行代理店の複合店舗を企画したところで反感を買い、GYROの代表を離れることになります。

倉渕透の実業家として活躍。六本木の人気ディスコ「クレオパラッツィ」は有名店

倉渕透さんは1984年2月には26歳にしてエヌ・エス・オージャパン(略称:NSOジャパン)を設立。

六本木にディスコ「クレオパラッツィ」を開店し外国人中心に人気のディスコとなりました。

倉渕さんは「クレオパラッツィ」のその他にも、カフェバーやレストランなど合計8店舗を経営しました。

この「クレオパラッツィ」は後に沖縄にも進出しフランチャイズ化を狙ったこともありました。

しかし、後に会社がリゾート事業に集中するため、クラブや飲食系の経営は手放すことになります。

倉渕透は人気リゾート施設「プリシアリゾートヨロン」の創立者

1985年7月、約20億円をかけて与論島に療養型レジャーランド”プリシアリゾートヨロン”を設立。

このプリシアリゾートヨロンは施設を増強を続け、全盛期には総工費58億円、年商60億円の企業となりましたが、過剰投資がたたって1987年8月にミサワホームに約45億円で売却。

現在でも施設は健在で、那覇旅行でも人気のリゾートエリアですが、これが倉渕さんが20代の頃に始めたと考えると凄いですね。

その後に倉渕さんは29歳の若さにして上場企業日本エタニットパイプのリゾート担当の役員となり、当時史上最年少での東証一部上場会社の役員就任でした。

30代でヒーリング系の音楽を制作。癒し事業に乗り出し自己啓発系のセミナー業も営む

倉渕さんは33歳だった1990年に『老子の本』との出会います。※老子(ろうし)とは、中国春秋時代における哲学者で”あるがままを受け入れる”思想が有名。

「老子の本を読んで、ようやく目が覚めた」

として、今までのプレッシャーや緊張感から解放され自由を求めるようになります。

やがてはこれまでの地位や名誉を全て捨て去り、新たに癒やしをテーマにした事業を立ち上げます。

1993年6月28日にヒーリングミュージックを中心に扱うレムリアアイランドレコードを鹿児島県屋久町に設立し、後にエコロジカルヒーリングリゾートも設立しました。

倉渕さん自らもMASAYAと名乗り、作詞作曲をするだけでなく、自身も過去の歌手の経験を活かし歌い手として見事な歌唱力を披露しました。

自己啓発系セミナー「ホームオブハート」では暴力・暴言など問題続き

「MASAYA」として素晴らしいヒーリングミュージックを創作し始めた一方で、立ち上げた「ホームオブハート」という自己啓発系のセミナーでは危うい運営を始めました。

MASAYAさんが指導者として運営されたハウスオブハートはメディアで通称「HOH」と呼ばれ、数々の問題行動が取り沙汰されました。

受講者に罵倒・暴力を繰り返す「ネガティブフィードバック」と、極端に褒めちぎる「ポジティブフィードバック」を緩急自在に操り、受講者にあたかも感動的な体験をしたと錯覚させ、多くのお金をHOHに入れさせていたのです。

HOHのセミナーの原型となったのは80年代に流行した「ライフ・ダイナミックス」のセミナーです。

予言や超能力、宗教的なメッセージなどは扱わない「心理療法」の一種で「本当の自分を見つける」などと称するもので、コストばかり掛かり効果が期待できないセミナーだとして社会問題になっていました。

MASAYAさんが主謀するセミナーでは受講者を泊まり込みで縛り付け、現実世界から隔離させ、洗脳させては多額の借金をさせるという、過去に流行した「ライフダイナミックス」よりも過激でありました。

MASAYAは指導者としての立場を利用して、詐欺まがいの事を繰り返したのではないかと推測されます。

XのTOSHIを守谷香と共に洗脳しバンド解散に追い込む。12年間で10億以上を奪う

MASAYAさんの名前を世間に知らしめたのは1998年のXのボーカル・TOSHIさんの洗脳報道です。

仕事のストレスやプレッシャー、私生活での裏切りなどで心身共にボロボロであったTOSHIさんを、当時のTOSHIさんの恋人でありMASAYAさんと繋がりのあった守谷香さんと共に囲い込み、洗脳したのです

TOSHIさんは守谷香さんと結婚してすぐにMASAYAさんのコンサートに誘われ、セミナーに誘導。

セミナーに参加しHOHのフィードバックの洗脳を受け、すぐにX脱退を唆され、TOSHIさんが脱退を主張すると結果的にXは1997年の大晦日のラストライブを最後に解散を選択

Xが解散した翌年の5月にはhideさんが死去と、悲劇が続きます。

洗脳報道が出て、X時代とは別人になったTOSHIさんの姿が確認されると、ファンは怒りの矛先はHOHに向きました。

TOSHIさんと守谷香さん及びMASAYAさんはワイドショーに出演し洗脳報道や世間の声に対して反撃

「あんな報道はインチキだ」と訴えるTOSHIさんは、何かに取り憑かれたように思考停止しており、あまりにも痛々しい姿にファンは絶望しました。

MASAYAさんの支離滅裂にも見える言い分は、TOSHIさんの洗脳をより深刻なものだと実感させました。

その後、TOSHIさんは高額なセミナーを毎月のように受け、所持金はすぐに底をつきました。

TOSHIさんはMASAYAさんが作詞作曲した楽曲を提げてスーパーや老人ホーム、刑務所などのドサ回りライブを約8年以上も続けました。

ヒーリングミュージックとしての質は悪くありませんでしたが、HOHの影響が見え隠れし、とても純粋な気持ちで聴ける音楽ではありませんでした。

音源作品やグッズ、公演のギャラなどは全て嫁である守谷香さんからHOHに流れ、総額10億以上のお金が注ぎ込まれたとされています。

定期的に行われるセミナーのフォードバックでは、嫁からTOSHIさんに向けて罵倒や暴力もありました。

TOSHIさんは365日ライブ漬けの毎日ですが、ほぼノーギャラで、むしろ借金をしないと暮らしていけず、1日500円で生活するなど悲惨な毎日を過ごしました。

誰にも会わず、目を合わせず、喋らずで外の世界との交友は絶たれ、2003年に父が亡くなった際も看取れず、死去を知ったのも随分後でした。

この他にもHOHの児童虐待事件や女性ファンからの提訴など、不名誉な訴訟問題にも巻き込まれるなどしました。

2009年にTOSHIの洗脳が解かれる。MASAYAと守谷香の豪勢な暮らし

長く洗脳されていたTOSHIさんですが、2006年にX再結成の話が持ち上がり契約金が3億円と聞くなりMASAYAさんに「戻れ」と言われたことで、かつては”悪魔の音楽だ”とバンドと離した頃との矛盾に不信感を抱くようになります。

そして、ある時にMASAYAさんの自宅を訪れたTOSHIさんは、そこで守谷香さんとMASAYAさんが一緒に豪勢な暮らしをしていたことを勘ぐります。

日々、罵倒されながらも守谷さんに対してそれなりの愛情を持っていたTOSHIさんは、彼女が寝取られていたことにショックを受け、そして「自分のお金ってなんだろう?」と冷静になり始めます

その後、いつものように守谷さんがTOSHIさんを罵倒していると、初めて反抗的な態度を見せるなど変化が起きます。

2009年には営業先で倒れて病院に搬送された隙に、TOSHIさんは警察関係者の自宅に匿ってもらい逃亡。

逃亡に成功すると、同年のうちに守谷さんとの離婚調停が始まり、さらには洗脳期間の税金の滞納や借金の総額を考慮し破産手続きを開始。

翌年には正式な破産と離婚が成立し、会見ではMASAYAさんとの決別を宣言しました。

TOSHIさんはファンらに対して謝罪し頭を下げました。

その後は無事にXに復帰し、ソロとしても自分らしい音楽活動を再開させています。

MASAYAは現在もMARTH→TAKERUと改名して活動を継続

Toshiさん脱退の一件で、MASAYAさんは『MARTH(マース)』と名乗り活動を継続。

改名後は表舞台から見なくなりましたが、やがてYouTubeなどを活発に更新するようになりました。

2014年にはTOSHIさんが洗脳されていた頃のことを赤裸々に綴った書籍を出すと、大ヒット。

この書籍を書くきっかけになったのは、TOSHIさんがたまたま訪れたお店でMASAYAさんの音楽が流れ、さらには音源作品なども売られていたことで、「もう自分と同じ人を出したくない」と思ったことでした。

書籍のヒットで手法が世間に知られてしまったということで、今後は同じような方法では稼げなさそうです。

それでも元気に実業家としての活動は継続されており、さすがの手腕を発揮しています。

関係会社とされるコンフォート社には代表に守谷香が置枯れており、2人の関わりは今も続いてるようです。

彼の作るヒーリングミュージックは確かに質が高く、本人の歌唱力も素晴らしいものがあります。

セミナーの印象がなければ、むしろ普通の良い音楽家だったことでしょう。

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