ジャニーズ事務所発のロックバンド「男闘呼組」のボーカルとして活動していた成田昭次さん。
兄貴の成田健一さんもジャニーズに所属するアイドルでした。
華やかな兄弟だと思われていましたが、2009年に兄の成田健一さんが自死。
兄・成田健一さんの自殺を巡っては、弟の成田昭次さんの薬物逮捕の数日後だったことから、何かしらの関連性が噂されました。
今日は成田昭次さんの兄・成田健一さんについて分かっていることを整理してみたいと思います。
成田昭次は兄・成田健一の影響でジャニーズ入りするも1984年に退所
成田健一さんは弟・成田昭次さんの1歳年上です。
健一さんは子供の頃がロックが好きでギターを弾いており、弟の昭次さんも影響を受けたそう。
弟よりも先にジャニーズ事務所に所属し、地元の愛知を離れ東京の合宿所に暮らしていました。
弟の昭次さんは1983年の中学3年の頃、地元・愛知で行われた健一さんも参加した近藤真彦さんの公演を観に行き、そこで感動しジャニー喜多川さんに自我談判しジャニーズ入り。

兄弟でジャニーズ事務所に所属となりました。
兄・健一は弟の昭次が男闘呼組入りした同年にジャニーズ退所
1984年、弟の昭次さんは進学した専門学校に行かなくなりジャニーズの活動に集中、12月に「男闘呼組」への加入が決定。
その一方で、健一さんは同年にジャニーズを退所しています。
健一さんはジャニーズ退所の時点で17歳と若かったということで、デビュー云々というよりも、活動が好みではなかった、他にもっとやりたいことがあったとの見方ができます。
成田健一は弟・昭次が薬物逮捕された後に妻子を残して自殺
2009年9月27日、弟の成田昭次さんは自宅に乾燥大麻を所持していたとして大麻取締法違反で現行犯逮捕。

元トップアイドルの薬物事件はセンセーショナルな出来事として世間で話題となりました。
弟の昭次さんは逮捕後に名古屋に帰った際、成田健一さんに殴られる覚悟だったそう。
ところが、健一さんは釈放後の弟・昭次さんを優しく迎え、
『俺がギターを弾くから、おまえはベースを覚えろよ。いつか遊びでやってみようよ』
と言い、昭次さんはそのやり取りに優しさを感じたそう。
弟・昭次の逮捕から1ヶ月後に兄・健一は妻子を残して自殺。病気を抱えていた
釈放したばかりの弟を優しく迎えてくれた兄・健一さん。
しかし、その1ヶ月後の2009年10月に地元・名古屋市熱田区の名古屋国際会議場の敷地内にて42歳の若さで自殺。

成田健一さんはすでに結婚し子供も生まれており、妻子を残しての自死でした。
自殺の原因は公表されていませんが、弟の成田昭次さんは兄・健一が元々病気を患っていたことを明かしており、精神的なバランスを崩してのことだとされます。
この成田健一さんの自死を巡ってネット上では、
- 社長の性加害が原因で病気を患っていた
- 弟が薬物に手を染めたのは自分がジャニーズに呼び込んだせいだと自責の念を感じた
- 兄弟で薬物を使用し芋づるで自分も捕まると思った
- 中学の同級生でアイドルの岡田有希子の自殺に即発された
↑などという憶測が残っています。
性加害に関しては本当であれば弟のジャニーズ入りを賛成するはずがありません、自責説も非現実的、兄弟での使用説は言うまでもなく酷いガセネタであります。
健一さんの沢上中学校時代の同級生である岡田有希子さんの自死に即発された説はもはや都市伝説です。

岡田有希子さんが亡くなったのは18歳の頃で、健一さんが亡くなったのが42歳と、24年も時間差があり、強引過ぎるな結び付けで、全く信憑性がありません。
弟の釈放後に「いつか遊びでやってみよう」と未来に向けて前向きな言葉を残していた為、病気や衝動的な感情の起伏が原因と受け取れます。
弟の成田昭次さんは大好きな兄が亡くなった後、ひどく落ち込み、今でも悲しみがフィードバックする時があるなど、未だに完全に立ち直れていないようです。
成田昭次は兄・健一の形見であるギターでステージに立つ
成田健一さんは生前、ロック好きのギター弾きでした。
弟の成田昭次さんは事件が落ち着いた頃に音楽活動を復帰させており、今でもステージに立つ際は兄の存在も意識してるようです。
そもそも昭次さんがギターを弾き始めたのは健一さんが持っていたギターを押入れからこっそり出して遊んでいたのがきっかけです。
現在の昭次さんも、兄・健一さんの形見であるグレッチギターを持ってステージに立っています。

「再び音楽をやるにあたり、力を貸してもらおうと思って。ずっと手入れだけはしていました。兄貴が乗り移っているのがわかるんですよ。今、喜んでるなって。音もめっちゃいいですしね。」
昭次さんはギターに兄が乗り移っているとし、音の質も申し分ないそう。
兄・健一が亡くなった会場での名ライブ
成田昭次さんは2022年12月15日に兄・健一さんが亡くなった名古屋の会場でライブを決行。
このライブの中で昭次さんは、
「今日は兄貴と一緒のステージ(形見のギター)で、成田兄弟です。」
「名古屋のこの地でライブができたこと、一生忘れません。」
「生きててよかった」
と挨拶しています。
そのライブ会場付近は、小さい頃遊んだ公園や川、通った小中学校も近くで兄・健一さんとの思い出がたくさん残る場所でもあったそう。
この日のライブは長年のファンにとっても特別な一日となり、ネット上でも多くの感動の声が残っています。

















コメント