Nirvanaのフロントマンであり、27歳でこの世を去ったカート・コバーン。
ロックスターの自殺が話題になるたびに、1994年のカートさんの自死が掘り起こされます。
また、時より自殺ではなく他殺だったのでは?という説が唱えられるなど、いまだにカートに対して強い想いを抱き続ける方も多くいます。
他殺説が出るたびにカートの遺書が自殺の証拠だとして否定されます。
遺書の内容に違和感があると他殺説を曲げない人もいますが、”支離滅裂でカートらしい”と納得の声もあります。
今日は、カート・コバーンの遺書の日本語訳と、度々唱えられる他殺説について書いてみたいと思います。
カート・コバーンの遺書の日本語翻訳

Boddahへ※buddhaとは釈迦を意味させた可能性が高い
これは、明らかに弱々しい、幼稚なばかの言う言葉だ。だから理解するにはまあ簡単だろう。
何年もの間、パンクロック101コースからの凡ての警告は、独立心とコミュニティーを受け入れる事に関係した。※パンクロック101とは大学の最初授業のコードが101であることから転じて英語では入門コースを意味する。
何て言うか、論理へ初めて入門して以来全くの真実であったと実感したんだ。
自分はもうずっと長いこと、音楽を聴くことにも、曲を作ることにも、何かを書くことにも、喜びを感じなくなってしまった。
例えば、ステージ裏に戻って、ライトがすべて消えた後、熱狂的な聴衆の絶叫も、聴衆の愛と崇拝を喜び楽しんでいたフレディ・マーキュリーが感じたように、喜び楽しむことはできなかった。※フレディマーキュリーとはエイズで死去したQueenのボーカル
フレディ・マーキュリーみたいにできるのは本当に立派だし羨ましいと思う。
自分だってみんなに嘘をつくのは嫌だ。ただの一人も騙したくない。
自分が考える最も重い罪とは、100%楽しいのだと嘘をつき、ふりをして、人を騙すこと。
そう、時々ステージに出て行く前にタイムカードでも押しているかのような気分にかられていたんだ。
感謝しなくちゃいけないだ。だから出来る限りの力を尽くしてがんばってみた。(本当なんだ、信じて欲しい、それでも足りないんだ)。
自分や自分達が沢山の人達に影響を与え、そして楽しんで貰えた事は重要だと思っている。
きっと全てを失ったときに初めてそのありがたみが分る世界一のナルシストなんだ。
自分はあまりにも繊細すぎるんだ。子供のころに持っていた熱狂を取り戻すには、少し鈍感でなければならないのに、あまりにも神経質で感じやすいんだ。
この最後の三つのツアーでは、みんなやファンにはすごく感謝している。
それでもこの不満、罪悪感、感情は解消できなかったんだ。
人間みんなどこか必ず良いところがある。
だから本当に人が好きだ。
あまりにも愛しているので悲しくなってしまうんだ。
自分は惨めで、ちっぽけな、何の価値もない、魚座の、救いようもない男。
どうして楽しむことができないんだ。分からない。
希望と思いやりに溢れたがんばり家の女神を妻に持ち、かつての自分に良く似た娘は愛や歓びに満ち、娘に善くしてくれる無垢な人たちみんな誰彼なくキスをする。
そんなことがとりとめがつかないほどの恐怖感を与えるんだ。
フランシスが自分のように惨めで、自棄で、やがて自殺するロック歌手になるなんて想像に耐えられない。※フランシスとは当時1歳7ヶ月のカートの娘
ただ、良い時期もあった。すごくありがたいと思えるような、そのことには深く感謝している。
だが、7歳の時からあらゆる一般人を憎むようになってしまった。※7歳の頃に両親は事実上離婚(正式には9歳)。その後、母の家、父の家、友人の家を転々とした。
なぜなら他の人間はあまりにも簡単に他人の感情を共感しあっているから。
なぜなら自分は人間を愛し、人にとても気の毒な気持ちでいるからだと思う。
この焼け付いて吐き気のする胃袋から礼を言うよ。
今まで手紙をくれたり気にかけてくれてありがとう。
自分はすごく気まぐれな人間だから、情熱がもう情熱が冷めてしまった。
だから覚えておいてくれ、徐々に色あせていくなら、いっそ燃え尽きたほうがいい
※徐々に色あせていくなら、いっそ燃え尽きたほうがいい(it’s better to burn out than to fade away.)ニールヤングの「ヘイ・ヘイ、マイ・マイ」の歌詞の引用
ピース、ラブ、エンパシー カートコバーン
フランシス、コートニー。俺は、これからは祭壇にいるから。※”コートニー”とはカートの奥さん
コートニー、フランシスを頼んだ。
俺がいなくなったら、もっともっと幸せに過ごすことができるフランシスの人生のために。
アイラブユー。愛してる。
遺書は捏造の可能性も?他殺説が唱えらえる理由
1994年4月8日に自らショットガンで頭を撃ち抜いて亡くなったカート・コバーン。
亡くなる直前に書いたとされる遺書の一文「消え去るより、燃え尽きたほうがいいんだ」はカートの名言集に必ず使用され、引用されることが多いです。

また、カートの遺書が全文そのままTシャツになって販売されると、ファン中心に売れました。
ファンなら誰もが知ってる有名な遺書ですが、この有名な遺書について違和感を唱え、他殺の可能性を訴える声もあります。
他殺説を検証する映画では署長や探偵、文書鑑定人が遺書に違和感があると訴えた
カート・コバーンの遺書が公開された後、一部ファンの間で文章の流れがおかしいとの声があり、他殺説も唱えられました。
当時、地元シアトル警察はその死を自殺と断定するも、妻・コートニー・ラヴは受け入れず、私立探偵トム・グラントを雇い、約20年以上も独自の捜査を続けるなどしており、一部ファンは未だにカートが自死ではなかったかもしれないと見ています。
亡くなった当初のカートが飲酒していたことから、酔った影響から支離滅裂とした文章に仕上がったのでは?との見方が大半で、基本的には自死で間違いないというのが一般論です。

しかし、2015年12月にカートの死に迫った『ソークト・イン・ブリーチ~カート・コバーン 死の疑惑~』が公開されると、遺書の改ざん説を信じる方が急増しました。
映画では遺書には不可解な点が多いと主張する専門家たちの貴重な意見がありました。
元シアトル警察署の署長のノーム・スタンパー氏は、「素人目に見ても筆跡に違和感があった。下のほうの文字は違って見える」と。

文書鑑定人のハイディ・ハラルソン氏は「最後の数行に関しては、誰かが彼の筆跡をマネした可能性もある」と。
法言語学者であるキャロル・チャスキ氏は、
「最初の文章から大部分の内容は音楽について書かれているわ。でも最後の4行だけは、家族について書かれている」
と不自然さを指摘。
また、「愛している。俺がいないほうが幸せだ」という一文が誰が読んでも遺書だと思う典型的な内容で、カートの性格にそぐわないあざとい締め方であるとしました。
現在もカート・コバーンの他殺説は残り続けている
カートの他殺説は遺書云々以前にも言われています。
主な理由としては、
- 銃や弾薬の記述が書かれた紙がポケットに入っていた点や、薬莢が整然と配置されていた点を不自然。
- 危険薬物を致死量の3倍を打ったあとに、針にキャップをして整頓するなどあり得ない。
- ヘロインの過剰摂取による低酸素状態でカートが銃を扱える状態ではなかった可能性が高い
- 左手に返り血がほとんど付着していなかった
- 薬莢の位置が銃の構造上あり得ない場所にあった
- 過剰摂取で昏睡状態にある人物が、6ポンドもある散弾銃を保持できるのはおかしい。
↑これらの理由からも、カートが第三者に危険薬物を強引に使用させられ、その後に映画のセットのように現場を仕組んで銃殺したとの見方ができるのです。
キング郡検視局とシアトル警察はカートの再捜査を行う予定はないと回答し、
「新たな証拠がない限り、自殺という判断は変わらない」
の一点張りです。

カートの他殺説は現在もコンスタントに話題に上がっており、再調査を求めるファンの声は年々増えていっています。
日本国内でもカート及びNIRVANAの人気は健在であり、他殺説についてネット上などで真剣な討論がされることもあります。


















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