King Gnuの超個性派ドラマー・勢喜遊さん。
名前もヴィジュアルもインパクト抜群な勢喜遊さんだけに、育ちや経歴が気になる方が多いようです。
今日は勢喜遊さんの実家やプロミュージシャンの両親、そして学生時代から現在までの経歴を振り返ってみたいと思います。
勢喜遊(本名)は父・喜之彦氏がドラマーで母・美由紀がシンガー。現在はカレー屋を営む
勢喜遊さんは1992年9月2日に徳島県阿南市に生まれました。

活動名「勢喜遊(せきゆう)」は芸名だと思われがちですが、実は本名です。
父親の名前は勢喜喜之彦さん、母親の名前は勢喜美由紀さんです。
実家の両親は2021年から地元でカレー屋「curryのcasa いきょい」を営んでいます。

元々、母親は料理上手で勢喜遊さんが子供の頃から家で凝った料理を作っていたそう。
ある時に食べた老舗レストランのカレーの味に衝撃を受け、以降はカレー作りが好きになり、コロナ禍にカレー作りに拍車が掛かり、出店までに至ったそう。

ちなみに、かつて父の勢喜喜之彦さんはドラマー、母の勢喜美由紀はシンガーとしてライブハウスに出演するなど、プロミュージシャンとして活動していた一面もあります。
”やりたいことをやる”という親の背中を見て育ったからこそ、今の勢喜遊さんのフリーダムな生き様があるのですね!
父のドラマー時代の詳細はわかりませんでしたが、母は”ダイナマイト勢喜”という芸名で歌っていたようです。
両親の影響で勢喜遊さんにとって楽器やライブハウスは潜在的な存在で、2歳〜3歳の頃には自宅にあった電子ドラムを叩いて遊んでたそうです。
| 名前 | 勢喜遊 |
| 生年月日 | 1992年9月2日 |
| 出身地 | 徳島県阿南市 |
| 血液型 | AB型 |
| 身長 | 170センチ |
| 出身小学校 | 阿南市富岡小学校 |
| 出身中学 | 阿南市立阿南中学校 |
| 出身高校 | 徳島県立小松島高等学校 |
勢喜遊は小学5年生でダンスを始めた
勢喜遊さんは小学生の頃からダンスにハマり、両親の勧めでヒップホップも聴くようになったそう。
小学5年生の頃にダンススクールに入り本格的にダンスに没頭し、放課後もダンスの練習に明け暮れる毎日でした。
この頃に身につけた、リズム感やフィーリングが、後の個性的なドラムプレイに良い影響を与えました。
勢喜遊さんのドラムを叩く際の独特なフォームの形の良さは、ダンス経験の恩恵であります。
勢喜遊は中学時代に父と同じドラムを始める
小学生の頃はダンスに明け暮れた勢喜遊さんですが、中学に進学すると部活動では吹奏楽部に所属し、パーカッション(打楽器)を担当しました。
この頃からよくやく本格的にドラムを叩き始め、バンドも結成。
幼少期から電子ドラムをおもちゃにしていた彼だけに、飲み込みは驚くほど早かったそうです。
また、中学の頃にはスペクトラムの西慎嗣さんを先生にレッスンを開始。

当初から勢喜遊さんはテクニカルなどドラムが叩け、西さんは驚いたそうですが”自分を上手く見せたい”という前のめりなプレイばかりしていたことから、単調なリズムからグループ感を出すことを意識させたそうです。
勢喜遊さんはドラムだけではなく、依然としてダンサーとしての活動も継続。
中学生にして一人でステージに立ち、ダンスを披露することもあったそうで、この頃から度胸の良さがあり、自分の見せ方を覚えていったとされます。
勢喜遊は高校でドラム一本に絞り急成長
勢喜遊さんは中学を卒業すると徳島県立小松島高等学校『通称「松高(まつこう)』へ進学。
松高は地元ではスポーツも盛んな伝統ある高校であり、自由な校風として知られていました。
勢喜遊さんは松高で自身の個性を遠慮なく発揮させ、現在のベースが作られたとされてます。
中学の頃と同じく吹奏楽部に進学しましたが、高校1年生の時に先輩から「バンドでドラムを叩いてほしい」と誘われたことをきっかけに、ダンスからバンド活動へと本格的にシフト。
部活では吹奏楽部でパーカッションを担当、放課後のメインはライブハウスでのバンド演奏という毎日でした。
高校2年になる頃には更なる高みを目指してドラムの教室に通い、先生がラテンバンドのメンバーだったことからラテンリズムの奥深さをも学びました。
勢喜遊さんは年上の先輩たちや大人に混ざって揉まれ、ドラマーとしての才能を急速に開花させていきました。
勢喜遊は大学に行かず上京。牛丼屋でバイトの極貧生活
高校でドラムが上達していった勢喜遊さん。
高校卒業を控え、同級生たちが進路について考え始めた時期、勢喜さんはプロの道に進むと確信し、あえて大学には進学しませんでした。※勢喜遊が早稲田大出身との情報がありましたがガセネタです
現在でも「音楽は学校で机に向かって教わるものではなく、現場で見て、聴いて、自ら盗み取るもの」との持論を持っており、その考えは10代の頃から同じだったようです。
高校卒業後は牛丼屋でバイトをしながらドラムの練習に励む毎日。

19歳になった頃、元ドラマーの父から「何かやりたいなら早く東京に行けば?」と言われ上京。
上京後は地元・徳島で働いてた牛丼系列のバイトに転勤という形で入り、バイトとドラムの練習の毎日だったそうです。
夜になるとセッションバーやライブハウスに夜な夜な顔を出し、「とにかく叩かせてくれ」と自らを売り込んでいくなど、積極的にチャンスを探しました。

21歳の頃にKing Gnuでメンバーとなる新井和耀さんと出会いと、音楽の人脈はどんどん広がっていきました。
上京後に現在の嫁・白藤ひかり擁する「輝&輝」に加入。セッションバーで常田大希と出会う
セッションバーで新井和輝さんと出会い、その後に新井さんの紹介で津軽三味線デュオ「輝&輝」に加入。
「輝&輝」ではメンバーの白藤ひかりさんと2013年頃から交際を開始。

※勢喜遊さんと白藤さんはお互いの活動が軌道に乗った2019年にめでたく入籍しています。

単身で上京した頃に出会った相手と結婚なんて、リアル版「NANA」のようで素敵ですね!
上京したばかりの頃は牛丼屋のバイトだけではスタジオ代とスティック代はいっぱいっぱいで、塩を舐めて過ごすなど極貧生活を経験。
その後、セッションバーで当時Srv.Vinciのドラムを探していた常田大希さんと出会い、2017年に常田さんのプロジェクト「King Gnu」の加入。
King Gnuに加入した後の勢喜遊さんの飛躍は、言うまでもありませんね!
勢喜遊は売れた後も貪欲にセッションバーに潜り込む
King Gnuのドラマーとしてブレイクした勢喜遊さん。
最高の技術と個性を誇り、同世代の中では圧倒的な存在となっています。

ただ、勢喜遊さんは自分の現状に満足しておらず、今でも練習や研究を続け、時にはセッションバーにお忍びで現れることもあるそう。
個性もドラミングもグルーヴも日に日にパワーアップしていく姿が頼もしいですね!















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