甲本ヒロトさんといえば高校時代の同級生の女性と結婚したことで知られます。
結婚までに長い交際を続けていたことから、嫁さん一筋だと思われています。
しかし、実際には一度は嫁さんとは別れており、ブレイク後に女性芸能人と交際してた時期もあります。
当時の甲本ヒロトさんが交際した女性芸能人で有名なのが野沢直子さんです。
今日は甲本ヒロトさんが野沢直子さんと交際していた当時のことを振り返ってみたいと思います。
若い頃の野沢直子は可愛いくてユーモラスで才能に溢れた
今となっては面白いタレントの野沢直子さん。

あのロックスターの甲本ヒロトさんと交際していたなんて、正直驚きですよね?
実は若い頃の野沢直子さんは普通に可愛い女の子。

ビジュアルが良いだけでなく、才能に溢れ、キャラも良く、甲本ヒロトさんのようなカルチャー最前線のバンドマンが惚れてしまうのも納得の女性だったのです。
若い頃の野沢直子の魅力が凄い!甲本ヒロトとガッツリ同級生
野沢直子さんは1963年3月29日生まれ。
そして、甲本ヒロトさんも1963年3月17日生まれと生誕が12日しか変わらない同級生です。
野沢直子さんは高校生だった17歳の頃に友人と賞金目当てで所ジョージさん司会の素人参加番組『ドバドバ大爆弾』に出演。

番組では高校生とは思えない毒舌的な漫才を披露、見事に賞金58万円を獲得。
その後に芸人を夢見るようになり、高校卒業後に劇団テアトル・エコーの養成所に七期生として入所すると、圧倒的なポテンシャルを発揮。
そして、吉本興業の木村政雄氏から”顔が面白い”という理由でタレントとして入社。
当時、東京吉本にはタレントの契約は存在せず、野沢直子さんためだけの特別な契約で、吉本第1号の”タレント”となりました。

吉本所属になると、うなぎを10匹以上を背中に入れたり、ダンプ松本に竹刀で殴られたり、若くて可愛い女性でありながらも体を張って番組を盛り上げました。

その後、奇抜な衣装や髪型、柔軟なトーク力で茶の間の人気者となり、1986年の23歳の頃には歌手デビュー。

世間的にはおかしいことをする人でしたが、野沢さんをアイドル視する男性ファンは多くいました。
1989年に野沢直子と甲本ヒロトに熱愛報道。別れた理由にDV?
若くして人気タレントとなった野沢直子さんは、お笑い芸人・春一番さんと熱愛報道が出るなどモテモテでした。
甲本ヒロトさんとの交際が報道されたのは1989年12月1日発行号のフライデーです。

当時、野沢さんも甲本さんも26歳で、ブルーハーツも健在という時期した。
馴れ初めは1987年頃、ブルーハーツのファンだった野沢さんがライブに訪れ、楽屋挨拶をしたのがきっかけ。
以降、周囲にはオープンな形で交際を重ねてきたようです。
週刊誌にはディズニーランドでのデートが伝えられており、当時完成されたばかりだった「スターツアーズ」で修学旅行の女子学生らにバレ、慌てる一幕があったと伝えられています。

見出しには「ルンルンデート」とあり、お互いに楽しく交際してることが書かれていました。
破局理由は甲本ヒロトの酒癖やDV?「ラブレター」は野沢直子に向けた曲説
野沢直子さんは甲本ヒロトさんのことを「ジョニー」と呼ぶほどのラブラブぶりを見せていました。
2人を”バカップル”とする声もあったほどです。
しかし、1990年秋頃には破局していることが分かりました。
破局した理由としてネット上では、
- 甲本ヒロトの酒癖
- 甲本ヒロトのDV
- 野沢直子の音楽活動の内容で揉めた
との噂が残っていますが、オフィシャルな情報ではありません。
実は甲本ヒロトさんと交際していた頃、野沢さんは自身のお笑いスキルの低さに葛藤しており、仕事での悩みも多かったとされます。
実際に破局直後の1991年3月には突如芸能活動を休止し、すべてのレギュラーを投げ捨てて渡米を決断してます。
甲本ヒロトさんと破局した理由には、もっと別の事情があったのだと考えられます。
ちなみにブルーハーツが1989年2月にリリースした「ラブレター」という楽曲が野沢直子さんとの失恋を謳ったという都市伝説が存在します。
野沢直子さんとの交際と曲のリリースを時系列と追ってみると矛盾が多いです。
どちらかというと、当時別れていた”ゆみ”さんに向けた曲という見方の方が納得できます。
甲本ヒロトさんは野沢さんと破局後に”ゆみ”さんと復縁し、1993年に無事に結婚しています。





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