“マカえん”の愛称で知られる「マカロニえんぴつ」といえば、ボーカルの”はっとり”さんの独特な世界観が人気です。
実は本名は「河野」で、父親も歌手として活動していたという音楽一家ならではの意外な経歴を持っています。
今日は”はっとり”さんに纏わる小ネタを整理してみたいと思います。
本名は「河野瑠之介」。芸名の「はっとり」の由来はユニコーンや奥田民生への憧れ
マカロニえんぴつのボーカル・ギターである「はっとり」さん。
本名が「服部」だと誤解してる人もいるようですが、実は「はっとり」は芸名で、本名は”河野瑠之介(こうの・りゅうのすけ)”です。
なぜ、はっとりという芸名を使うことになったのか。

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その理由としては、ロックバンド「ユニコーン」と、そのボーカルの奥田民生さんへの憧れの影響です。
「はっとり」というのはユニコーンが1989年6月にリリースした3枚目のアルバム「服部」から由来しているのです。

はっとりさんは奥田民生さんは「なれるならなりたい」とまで言い、さらにアルバム「服部」を「ロックバンドとして自分がやりたいことがすべて詰まった作品」としてます。
なので、「はっとり」という名前には、本人のルーツ・憧れ・目標の全てが詰まっているということです。
ちなみに本人は中学生の頃から自らを「はっとり」と名乗り、友人にもそう呼ぶよう伝え、マカえんの結成前から使っていたそう。
マカえんメンバーらとの初対面でも「はっとり」と名乗っていたことから、本名が「服部」と勘違いしていたメンバーもいたほどです。
ユニコーンのアルバム『SPRINGMAN』も大好きで、芸名を「はっとり」にするか「SPRINGMAN」にするか悩んだことも明かしています。
はっとりは父親もバンドマン!父の勧めで音大に進学
はっとりさんは小さい頃から大勢で目立つことをするよりも、1人で黙々と没頭することが好きなタイプでした。
絵を描くのが好きで漫画家に憧れた時期もあれば、元バンドマンだった父親の影響で子供ながらに激しいロックミュージックを聴いていたそう。
はっとりさんの父親は愛媛出身で、若い頃はメタル系のバンドを組みボーカルを担当。
80年代には1970年代後期から活躍しているヘビメタの中堅「MARINO(マリノ)」の前座を務めたこともあるという、かなりの実力派だったようです。
はっとりさんは父が若い頃の大学の学園祭に出演したビデオを見たことがあり、そこにはパツパツのレギンスを履いて高音シャウトをキメる父の姿が映っており、とてもかっこ良かったそう。
中学生の頃にギターを始め、自宅で初めて録音をした際、父親から褒められたことで、自信を深め、その後にミュージシャンを志すようになったとされます。

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学生の頃から父とディープパープルや、マイケルシェンカーなどをコピーして演奏をし、父のバンドで一緒に演奏も経験。
進学の際、父自身が叶わなかった音大への進学を勧めてくれたのです。
「金のことは心配するな、その代わり売れろ」
として、「洗足学園 音楽大学」へ進学。
そこで現在のマカえんのメンバーに出会い、現在までに至るということです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | はっとり |
| 本名 | 河野瑠之介(こうの・りゅうのすけ) |
| 生年月日 | 1993年6月29日 |
| 年齢 | 33歳(2026年7月現在) |
| 出身地 | 山梨県中央市 |
| 出生地 | 鹿児島県 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 非公表 |
| 職業 | 歌手、シンガーソングライター、ギタリスト |
| 所属バンド | マカロニえんぴつ |
| 担当 | ボーカル、ギター |
| バンド内での役割 | 中心人物、主要な作詞・作曲を担当 |
| 最終学歴 | 洗足学園音楽大学卒業 |
| 大学の専攻 | ロック&ポップスコースとされる |
| 出身高校 | 駿台甲府高等学校 |
| 出身中学校 | 中央市立玉穂中学校 |
| 出身小学校 | 中央市立三村小学校 |
| 音楽を始めた時期 | 中学生頃 |
| 音楽を始めたきっかけ | UNICORNなどの音楽に影響を受け、ギターを始めた |
| 芸名の由来 | UNICORNのアルバム『服部』に由来するとされる |
| バンド結成 | 2012年、大学時代にマカロニえんぴつを結成 |
| 全国デビュー | 2015年、ミニアルバム『アルデンテ』をリリース |
| メジャーデビュー | 2020年、TOY’S FACTORYからメジャーリリース |
| 主な受賞歴 | 2021年、日本レコード大賞「最優秀新人賞」 |
| 代表曲 | 「なんでもないよ、」「恋人ごっこ」「ブルーベリー・ナイツ」など |
はっとりの学生時代の逸話集。大好きな彼女との遠距離恋愛
はっとりさんは高校時代、初めて本格的に交際した彼女がいたことも明かしています。
当初は良い感じでしたが、彼女が別の高校に好きな人を作ってしまい、はっとりさんは振られました。
しかし、彼女のことが諦められず、はっとりさんは夜中に自転車で彼女の家まで行き、「少し話せない?」と連絡するなど粘ったそう。
本人も現在では「今考えると怖い」と笑いながら振り返っています。
その後、その彼女とは高校卒業の頃に復縁。
しかし、はっとりさんが神奈川の大学に進学すると彼女と遠距離恋愛となり、結局は別れてしまったそうです。

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その後もはっとりさんの恋愛は消極的で、自分から告白することがなかなかできないそう。
今では女性に「付き合ってるんじゃないの?」と言わせるように誘導する技術を持っているようです。
マカえんの楽曲にはラブソングが多いので、この部分はかなり意外ですね!
はっとりの学生時代・下積み時代の小ネタ
- はっとりさんは高校時代、もともとは絵が好きで、将来は漫画家やイラストレーターになりたいと考えていた。
- 高校時代に「絵の道」と「音楽の道」の間で悩みながらも、学園祭でのライブをきっかけに音楽へ本格的にのめり込んだ。
- 高校では地元・山梨県でオリジナル曲を演奏するバンドを結成し、高校生イベントは満員、毎月のライブの集客も順調で人気だった。
- 父の後押しがなければ音大には行けずにフリーターになる覚悟だった
- 大学でマカえんのメンバーを誘った際は演奏力よりも「断らなそうな人」「気が弱そうな人」を基準にした
- はっとりに誘われたメンバーらは「友達がいなかったから嬉しかった」と回想してる
- 初期は尖ったロックバンドだったが試行錯誤を重ね、ポップスとしても届く現在の「マカロック」へ変化した。
- 売れるまでの下積みが長く、イベントスタッフや着ぐるみなどのバイトも経験した。
- 着ぐるみのバイトを紹介された際「無料でアーティストが見れる」と釣られたが、仕事が大変すぎて観る余裕がなかった。
- 着ぐるみのバイトで観る余裕がなかったことから「いつか自分がステージ側に立ってやる」と燃えた
- 売れる前のSNSのプロフィールに「ペヤング命」と書いておりファンからカップ焼きそばの差し入れが届き助けられた。※故意に書いたわけではない












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