シャ乱Q”はたけ”のバリ島での生活。移住の理由と現在のライブハウス経営

90年代中盤
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シャ乱Qのリーダーである”はたけ”さんといえば、現在は日本を離れてバリ島に移住してることで知られています。

今日は”はたけ”さんのバリ島での生活や、移住を決めた理由などについて書いてみたいと思います。

なぜ”はたけ”は日本を離れてバリ島で暮らすのか?

2020年12月に、はたけさんがバリ島で音楽活動をスタートさせたというニュースが流れ、ファンを驚かせました。

はたけさんが移住したバリ島というのは、インドネシア共和国にある自然豊かな島で、森林、火山、ビーチ、サンゴ礁など美しい景色で知られ、日本人には観光地として人気です。

そんなバリ島のサヌールという地で、はたけさんはライブハウスを経営し、バリ島を拠点に音楽活動を始めたのです。

はたけのバリ移住理由は”原点回帰”

現在はバリ島に拠点を置き、音楽スタジオやライブハウスを作って活動をしているはたけさん。

気になるのは、なぜ、はたけさんはバリ島に行ったのか、その理由が気になります。

はたけさんはインタビューで、自身が人生で一番生き生きしていた10代後半の時代をもう一度体験したいという想いが強く、また原点回帰の意味もあってバリ島を選んだそう。

以前から日本でのキャリアを一度リセットした状態で、ゼロからアマチュアバンドを作ってみたいと考えており、そのためには

  • 自分の知名度が及ばない場所
  • 10代の頃の気持ちを思い出させてくれる場所

という条件からバリ島を選んだのです。

はたけさんは10代を過ごした地元・大阪とバリ島が似た雰囲気があるとし、繁華街から近くても落ち着きがあり、街の雰囲気のバランスがよく、人と接して人情味を感じたそう。

そして、海外で音楽活動をすることを決断し、世界中を回った末にバリ島を原点回帰の場所に選びました。

現在のはたけはバリ島でライブハウス「HATAKE SANUR」を運営。現地の日本人コミュニティも充実

はたけさんはバリ島のサヌールにロングリースで家を借り、音楽スタジオを設立しました。

そして、現地の人と音楽を楽しむため、2020年にバリ島サヌールのタンブリンガン通りにライブハウス「HATAKE SANUR」がオープンさせました。

現地で知名度も全くない状態からアマチュアバンドを結成し、新たな音楽人生を楽しんでいるのです。

音楽活動だけでなく、普段の生活も若い頃に戻ったように自由で楽しく、現地に住む日本人とも良い人間関係を作っているようです。

バリ島でラーメン屋を営む”パンサー”菅良太郎の父の訃報をはたけが伝える

バリ島でのはたけさんの充実ぶりはネットでも話題になってきましたが、2025年末にメディアを通じてはたけさんのバリでの衝撃の行動が明らかになっています。

お笑いトリオ「パンサー」の菅良太郎さんは2025年12月28日に日本テレビ「サンキュ!ウィッチマン」に出演。

そこで菅さんはバリ島に移住していたラーメン屋の父親とコロナ禍で死別したことを明らかにし、”はたけ”さんとの意外な接点を語りました。

菅さんの父親・道廣(みちひろ)さんはビルメンテナンスと人材派遣業を営んでいた実業家でしたが、菅さんが芸人となる20歳の頃に、突然バリ島でラーメン店を開業

父は衝動的にバリに移住し、19年で会えたのはたった2回だったそう。

そんな父親は2021年にバリで亡くなり死別、その父の訃報を伝えてくれたのが”はたけ”さんだったのです。

当時はコロナ禍だったため父のいるバリ島へ行くこともできず疎遠、そんな時に突如、知らない日本人男性から電話が掛かり、

「菅さんですか?実はお父さんがお亡くなりになりました」

と死の知らせを受けたのです。

続けて、「葬儀など、こちらの人とやっておきますから安心してください」と言われ、菅さんが名を尋ねると「シャ乱Qのはたけです」と名乗られて驚いたのです。

菅さんは「ありがたいどころの騒ぎじゃない。めちゃくちゃ感謝してます」と振り返っっていました。

菅さんの父親と”はたけ”さんはバリの日本人のコミニュティの中で知り合い、一緒にお酒などを飲んでいるうちに仲良くなっていったそう。

このエピソードから”はたけ”さんのバリ現地での人脈と信頼、生活の充実ぶりが伺えますね。

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