SHISHAMOといえば紅白歌合戦への出場や武道館ライブを実現させた3人組のガールズバンド。
実は、SHISHAMOがブレイクする前、男性人気が高かったとても可愛いメンバーがいたのです。
それはベースの松本彩さんです。
今日はSHISHAMOがブレイクする前に在籍していた松本彩さんついてわかる範囲で整理してみたいと思います。
また、脱退理由や現在も残る存在感などにも触れてみたいと思います。
松本彩は川崎市出身の宮崎朝子の幼馴染。SHISHAMO在籍当時は可愛い担当
2014年9月11日までSHISHAMOでベースを担当していた松本彩さん。
SHISHAMOのギターボーカルでメインライターの宮崎朝子さんとは幼馴染です。

シュッとしていて、可愛い顔立ちだったことから、当時のSHISHAMOではヴィジュアル担当として扱われました。
本人は積極的に話す性格ではなく、初期のメディアやライブのMCでも個人的な話がほとんどなく、謎多きメンバーでありました。
| 名前 | 松本彩 |
| 生年月日 | 1994年8月14日 |
| 出身地 | 神奈川県川崎市 |
| 出身中学 | 川崎市立御幸中学校 |
| 出身高校 | 川崎総合科学高等学校 |
| 好きな魚 | しゃけ |
松本彩はプロ志向ではなかった。デビュー前から”20歳でバンドは辞める”と決意
2014年の9月11日付でSHISHAMOを脱退した松本彩さん。
脱退理由が「20歳になったらバンドは辞める」という宣言し、それを有言実行したのは有名ですね。
ただ、驚くべきなのは、高校卒業後にメジャーデビューしたにも関わらず、在学中から”20歳で辞める宣言”をしていたことです。

成人であれば経済事情、家庭の事情、結婚や妊娠などでチャンスを諦めるなどありますが、彼女は10代の学生にしてその決断をしていたのです。
松本彩さんが20歳という期限を設けたのは、そもそもプロになるつもりもなく、別に目指したい道があったからだと思われます。
SHISHAMOの急過ぎるメジャーデビューに人生プランが追いつかず
SHISHAMOは2010年に川崎総合高校の軽音部で結成された”部活の中のバンド”で、実際に当初の活動はコピーが中心でした。

しかし、2011年の高校2年の頃に初めてのオリジナル曲「宿題が終わらない」を完成させ、2012年の高3で腕試しに応募したコンテストで披露する優秀賞を受賞。
顧問・菊田直史先生が通っていたトンカツ屋・「とんかつ 華家」で「宿題が終わらない」を流してもらうと、たまたま音楽関係者の目に止まり、2012年の秋には音楽雑誌に取り上げられインタビューが載る事態に。

2012年10月には高校生にしてオールナイトニッポンのパーソナリティに抜擢され、同月に発売された初音源「宿題が終わらない」がインディーズチャート7位にランクイン。
そして、2013年の高校を卒業した年にいきなりのメジャーデビュー。
良く言えば、絵に描いたようなシンデレラストーリーですが、悪く言えば”辞めれるタイミングを失ったまま時間が過ぎた”とも言えます。
そもそも松本彩はプロになるつもりがなかった?
高校2年の頃に作った「宿題が終わらない」の反響から在学中に音楽誌のインタビュー、ラジオ担当と激務だったSHISHAMOの3人。
実は松本彩さんと宮崎朝子さんは、SHISHAMOはあくまで”部活の中で終わるバンド”だと考え、”楽しくやれれば良い”と、高校卒業と共に解散するつもりでいたのです。
しかし、ドラムの吉川美冴貴さんだけはSHISHAMOを高校で終わらせたくなく、「プロを目指したい」と2人に話したそう。※初曲「宿題が終わらない」を制作したのも吉川のゴリ押し
当初、吉川さんのプロ志向の話は2人には響かず、笑われ怒って帰ってしまうこともあったほど。

”卒業したらもう終わり”という雰囲気の中で、後にSHISHAMOのマネージャーを務めることになる”すっず”さんと出会い、宮崎さんもプロの道を意識するようになります。

しかし、この頃に松本彩さんもプロになる覚悟を持ったという逸話は一切ありません。
おそらく、メジャーが見えたタイミングでも松本さんは音楽でメシを食うほどの覚悟が持てない、もしくは別の人生プランがあり「20歳でバンドを辞める」との宣言をしたのだと思います。
実際にメンバーはデビュー後にバイト掛け持ち、大学中退と、音楽のために多くの犠牲を払いました。
松本彩がいた時代がいた2014年までの第1期「SHISHAMO」が好きな人
2014年8月に20歳を迎えたことで2014年9月11日付けでバンドを脱退。
その後に加入した松岡彩さんは松本彩さんと一文字違い。

同じく美形でヴィジュアル担当に匹敵、しかも出会ったのが松本彩が20歳を数えた2014年の夏と、”奇跡の加入”など言われています。
松本さんが脱退し松岡さんに入れ替わった後にシングル「量産型彼氏」をリリースし、すぐにアルバム「SHISHAMO2」を出しました。
宮崎朝子さんがメインライターなのは松本時代も松岡時代も変わっていませんが、2人が交代した頃から曲の雰囲気が微妙に変化していきました。
松本彩時代は「日常」がテーマの曲が多く脱退後は「恋愛」が増える
高校生の頃に初めて作った「宿題が終わらない」を筆頭に、松本彩が在籍した10代の頃のSHISHAMOは日常が課題の曲が中心でした。
当時の高校生らしい感性を頼りに作った「卒業制作」は、現役女子高生にしか作れない独特なグルーヴが魅力でした。

一方で、松本彩さん脱退以降は、成人女性らしい歌詞の曲が増え雰囲気が一変しました。

松本さんから松岡さんに2人が入れ替わった時期は、ちょうど10代から20代に成長した頃。
前任の松本彩さんと後任の松岡彩の影響が出たというより、自然な経年変化が曲に現れただけでありました。
ファンの中には松本彩時代の青春日常系の雰囲気を尊く懐かしむ声も多いようです。
ちなみに松本彩さんが唯一作詞に参加した曲が「脇役」。

「脇役」は、クラスに絶対いる八方美人を皮肉った曲で、シャイで控えめな女子の本音をストレートに表現しています。
松本さんは当時のプロフィールに「無口55%、シャイ45%」と記載していたことから、本人の実体験がモロに反映された曲だと思われます。
松本さん唯一の作詞曲となった「脇役」ですが、彼女がバンドを去って長い歳月が流れた後もブログや質問版で触れられるなど、SHISHAMOの隠れた名曲であります。
仮に松本さんがSHISHAMOに残ってその後も作詞に関わっていれば、また違った味が出せていたのかも知れませんね。
松本彩の現在の近況が不明なのも良い?
松本彩さんは2014年に脱退して以降、メンバーとの交友があるのか不明です。
ライブに遊びに行ったり、打ち上げに来たり、急遽飛び入りしたり、メンバーのSNSに登場したりというのが全くないのです。
脱退当時で20歳ということで、別の目標のために学校に入り直したことも考えられますし、結婚してお母さんになっている可能性もあり、どんな道に進んでいてもおかしくありません。
在籍当時も控えめな性格だったことから、交友はあっても口外しない幼馴染み特有の紳士協定のようなものがあるのかも知れませんし、本当に音沙汰もないのかも知れません。
本人がSNSをやっている形跡もありません。
隠されると気になるのが人なので、近況が分からないことがかえって彼女の爪痕を大きく見せているように思えます。
- 初期に在籍してた美人
- 天才メインライターの幼馴染
- 無口でシャイだった
- 唯一作詞した曲が隠れた名作
- 近況報告なし
- SNSの形跡なし
↑冷静に考えると松本彩さんのスペックは凄まじく香ばしいです。

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