桑田佳祐さんと長渕剛さんといえば、共に80年代前半から頭角を見せてブレイクするという、同世代のライバル関係であります。
長年に渡って両者の共演がないことから、不仲が疑われ続けました。
実際に桑田さんと長渕さんの歴史を辿っていくと、お互いにやり合っているように見える事例が多くあり、確執が疑われるのは当然と言えます。
今日は桑田佳祐さんと長渕剛さんの確執の歴史について、時系列で簡潔にまとめてみたいと思います。
長渕剛と桑田佳祐の不仲に纏わる出来事の時系列
| 時期 | 出来事 |
| 1983年 | サザンのライブに長渕が出演するも扱いやビールかけに不満 |
| 1988年 | 長渕剛が主演で出演したドラマ「とんぼ」の中でサザンの曲を侮辱 |
| 1994年 | 桑田佳祐がサザンより長渕剛を皮肉るような楽曲を発表 |
| 1995年 | 長渕が雑誌で「俺は桑田佳祐を許さない」と発言 |
| 1997年 | 長渕剛が桑田佳祐を連想さすアンサーソングを発売 |
| 2014年 | 紅白歌合戦で共に出演し和解説が出る |
当初は仲良し。桑田のライブで共演するも不当な扱い。長渕はビールをかけられる
桑田佳祐さんと長渕剛さんは、共に1956年生まれの同級生です。※桑田さんが早生まれで世代的には1つ上
芸歴は桑田さん率いるサザンが1978年6月25日で、長渕剛さんは1977年2月25日と、芸歴的には長渕さんの方が1年半先輩です。
ただ、桑田さん率いるサザンオールスターズは1978年のデビューシングル「勝手にシンドバッド」で早々にブレイク。

一方で、長渕剛さんはデビュー当時は数年は売れず、1980年に発売した「順子」でようやくブレイクと、売れたのは桑田さんの方が2年早いです。

年齢的には桑田さんの方が7ヶ月だけ上で、芸歴は長渕さんの方が1年半早い、売れたのは桑田さんが2年早いというだけで、力関係はほぼ対等です。
ただ、この頃から2人ともに「天才」「次世代の大物」としてメディアで取り上げられ、お互いに意識し合っていたことは間違いなさそうです。
1983年にサザンオールスターズのライブに長渕剛が出演も前座扱いな上にビールをかけられる
桑田佳祐さんと長渕剛さんの確執の始まりと言われているのが、1983年頃です。
1983年の夏に2人は初めて顔を合わせ、一緒にお酒を飲み「今度一緒にライブをやろう」と意気投合。

なんと桑田佳祐さんは長渕剛さんの話に耳を傾け、涙まで流してくれたそう。
当時、長渕さんは、「この、世知辛い音楽業界で、初めて、ダチ(友達)になれる奴と出会う事が出来たと、俺は思ったね」と回想しています。
そして、約束通りに同年1983年7月23日にナゴヤ球場でサザンと長渕剛さんのジョイントライブが実現しました。
しかし、ライブのタイトルは「サザンオールスターズ+Special Guest 長渕剛」と、サザン色を全面に出し、長渕さんはまるで前座のような扱いでした。

ライブ構成も最初に長渕剛さんがライブを行い、その後にサザンが登場するという構図で、絵に描いたような前座扱いでした。
長渕さんは桑田さんに「話が違う!」と詰め寄り、桑田さんはスタッフに「どうなっているんだ?」と睨み一緒に怒ってはくれますが、この時点で長渕さんは「桑田にハメられた」と思ったそう。
長渕さんは演奏が終わって早々にホテルに帰ってシャワーを浴びてましたが、しかし桑田さんから電話が鳴り「戻ってきてくれ」と呼びかけられました。
乗り気ではないものの、ナゴヤ球場に戻ると飛び入りで一緒にステージに立つことになります。
この共演の際、または公演後の打ち上げでテンションの上がった桑田さんに悪ノリで頭からビールをかけられ、長渕さんはさらにご立腹になったということです。
1985年に長渕剛が主演のドラマ「とんぼ」の中でサザンの曲を罵倒する
1983年のジョイントライブで桑田佳祐さんにご立腹だった長渕剛さん。
その2年後の1985年に、長渕自身が主演を務めるドラマ「とんぼ」の中でサザンに嫌悪感を示す態度を取ります。
問題のシーンはドラマ「とんぼ」の第一話。

転送元:リアルサウンド
物語の主人公で極道の兄貴分・小川英二(長渕剛)が刑務所から戻り、愛車のベンツを軽薄な子分から奪還した後、舎弟・水戸常吉(哀川翔)を運転手にベンツを運転させるシーンです。
刑務所から戻ったばかりの小川英二(長渕剛)は不機嫌な態度で、舎弟・水戸常吉(哀川翔)にカーラジオを付けるように指示。
舎弟・常吉(哀川翔)が良い放送がないかとカーラジオでチャンネルを回すと、ある邦楽が流れてるチャンネルに合わせます。

そのチャンネルから流れてきたのはサザンオールスターズの「みんなのうた」。

すると、英二(長渕)「おい、何だその曲は」と舎弟に投げかけ、常吉(哀川)が「今、一番売れてる曲なんですよ。ナウいですよね」と答えると、
英二(長渕)「そんなクソみたいな曲消せ!このヤロー、日本人舐めくさってんのか、このヤロー」と激昂。
そして、後部座席から舎弟(哀川)座る車の運転席を蹴るのです。
このシーンを観ていた当時のサザンファンからは「なんでサザンの曲をそんな風に扱うんだ!?」と悲しい反応が相次ぎ、「桑田と長渕は仲悪いのか?」との憶測が生まれました。
ただこの頃は、数年前にファンの前で共演していたので、「2人が仲良すぎる故の演出」との解釈をする人も多数いました。
再放送ではサザンの「みんなのうた」から長渕剛の「純恋歌」に差し代わる
この「とんぼ」の第一話のシーンは、その後に長く続くことになる不仲説の象徴として語り継がれることになります。
しかし、当初から長渕剛さんが好んでサザンを侮辱するセリフを入れたわけではなく、「脚本家が用意したセリフを長渕さんが読んだだけではないか?」と言われていました。

この当時は長渕さんと桑田さんに不仲なイメージがなく、シャバに戻ったばかりの主人公が浦島太郎状態であることを強調するために流行していたサザンの曲を「同年代(長渕と)だから問題ないだろ」と制作側が差し込んだだけとの見方ができるのです。
2人の不仲が知られ始めて以降、「とんぼ」の再放送では、車内に流れる曲がサザンの「みんなのうた」から、長渕剛本人の「巡恋歌」に差し替えるという対処が施されています。
1994年に長渕を揶揄する「すべての曲に懺悔しな」を発表。翌年に長渕が雑誌で”桑田を許さない”発言
実は「とんぼ」での発言後、2人の不仲はそこまで浸透していませんでした。※世に知られた後に後追いでドラマが掘り返された
不仲を有名にしたのは1994年に桑田佳祐がリリースした楽曲「全ての曲に懺悔しな」です。
同曲は1994年9月23日にリリースしたアルバム『孤独の太陽』に収録された曲。
この「全ての曲に懺悔しな」の歌詞には、
”高級外車がお出迎え”
”スターになれたのは世渡り上手と金まかせ”
”冗談美談でふんぞり返ってケジメも無しとする”
”大学出たって馬鹿だから常識なんて通じね”
”ウンザリするような生き様シャウトすりゃ”
”子供の頃から貧乏で”
”実はすべてが嘘なのに芝居のセンスにゃたけている”
”儲かる話とクスリにゃ目が無いバカヤロ様”
”テレビにゃ出ないと言っていたにドラマの主役にゃ燃えている”
↑などと、明らかに長渕剛さんに対する悪意ある内容でありました。
当時は”高級車”や”子供の頃は貧乏”、”生き様をシャウト”という部分から矢沢永吉さんも該当するのでは?と言われていました。

しかし、”大学”や”クスリ”、または”ドラマで主役”という部分は矢沢永吉さんとは合致せず、曲の締めに長渕さんライブで発する「いらっしゃい」を使用するなど、あくまで長渕さんにロックオンした歌詞で間違いないとされています。
この曲の歌詞が世に知られると、すぐに問題となり桑田佳祐さんは会見を開いて弁解することとなります。
桑田佳祐さんは「自分を含む芸能ロックシンガーを揶揄したもので、特定の誰かを意識したものではない」と説明し、長渕さんと矢沢さんに謝罪文を送ることとなりました。
同曲は音楽評論家から高く評価されていますが、リリース同年のツアー以降は演奏されず、桑田さんのラジオでリクエストしてもスルーされるなど、極力の露出を抑えました。
関係者各位からは、
泉谷しげる「桑田、何で『長渕を歌ったんじゃない』なんて言い訳したんだ。初めから『テメーのことを歌ったんだ。おまえが嫌いだ。謝んねえぞ』といってやりゃよかったんだよ。」
和田アキ子「歌でやられたら、歌で返すのが筋」
松本人志「仕事に対して真剣に取り組んでいる人間は、自分を傷つけられた時に、真剣に怒る事が出来るものだ」
吉田拓郎「ボクは桑田クンのファンとしていえば、桑田クンは何も説明しなくてもいい、謝る必要なんてない」
など「謝るべきではなかった」「長渕も音楽で仕返しをすべきだ」との意見が多く上がっていました。
矢沢は「全く気にしない」。長渕剛は雑誌で「桑田佳祐を許さない」と恨み節
桑田佳祐さんは長渕さんと、巻き込んだ矢沢さんに謝罪文を送りましたが、
矢沢永吉さんは「お互いクリエイター。全然気にしてないよ。それより桑田君の方は大丈夫か?」と大人な対応。
その一方で長渕剛さんは怒り心頭で、同年中に発売された雑誌「VIEWS」の1995年1月号の中でかつてのナゴヤ球場での不遇のジョイントライブを告白。

そして、誌上で『俺は桑田佳祐を許さない』というコメントしバチバチ状態。

1995年の年明けも桑田佳祐vs長渕剛の図式は変わらず、次なる桑田佳祐さんのコメント又は謝罪に注目が集まっていました。
しかし、渦中であった1995年1月24日に長渕剛が大麻取締法違反でいきなり逮捕される事態。

長渕さんの覚醒剤使用のインパクトの方が大きく、桑田さんとの一件は一気に沈静化していきました。
長渕剛は桑田佳祐にアンサーソングで応戦してた?1997年の「ふざけんじゃねぇ」の歌詞
長渕剛さんと桑田佳祐さんの確執は一気に世に知られましたが、長渕さんの逮捕後にトーンダウン。
その後はタブーな話題とされ、一部ファンのみが気にするネタとなりました。
多くの人はこのまま2人は冷戦したと思われています。
しかし、1997年に長渕剛さんがリリースした楽曲「ふざけんじゃねぇ」の中で、桑田佳祐さんへ仕返しをしていた説が存在しています。
長渕剛さんの「ふざけんじゃねぇ」の歌詞には、
”下手な親切や優しさもどきがとどめを刺しやがる”
”タメグチ叩くな!どけ失せろ!”
”ぬくぬくと恩を踏み散らかしおまけにトンズラ”
”調子づいた貴様のもつれた舌の根本にゃちぢれっ毛がじめじめ生えてくるだろう”
”悔しかったらてめえに居直り俺の前に出てきやがれ!”
”俺の拳でドス黒い腹わたえぐり晒してやろうか!”
と、桑田佳祐さんを連想さすワード。
それに加えて、敵意丸出しの内容でありました。
しかし、この曲が桑田佳祐さんへのアンサーソングになっていたかどうかは微妙で、世間的には話題にはなりませんでした。
結局、ハッキリしないまま一部ファンの間でのみ話題となり終わりました。
長渕剛の「ふざけんじゃねぇ」は本当に桑田へのアンサーソングだったのか?
かつて桑田さんの楽曲が騒動になった際には、和田あき子さんや泉谷しげるさんらが、”応戦するなら音楽で”と仰っていました。
長渕さんがその意見に応えて作るも、長渕剛さんのジャンルがアンサーソングとの相性が悪く上手く作れず、出来上がったのが「ふざけんじゃねぇ」だったという見方もできます。
ただ、当時の長渕剛さんが怒っていた相手は、決して桑田佳祐さんだけでなく、敵は他にもいたとされ、桑田さん以外の何者かに向けた楽曲である可能性の方が高いです。
この曲が収録されているアルバムが発売される手前、自身の事務関係でトラブルが多くありました。
1994年の長渕さんの急病でツアーが中断、多額の負債処理が発生。
個人事務所であるオフィスレンの会長、社長をはじめ社員6人が退社する事態となり、レコード会社の移籍話も持ち上がり、そんなドダバタの中で本人の薬物逮捕。
復帰後のツアーを成功さすも、レコード会社・東芝EMIの内部で長渕さんの度重なるトラブルから不要論が巻き起こり、東芝EMIから離れないといけないことに。
そんな内輪トラブルがあったと知った後に「ふざけじゃねぇ」の歌詞を改めて見ると、元事務所の関係者や東芝EMIの誰かに宛てた怒りのメッセージの方が近いと思えます。
桑田佳祐と長渕剛の現在。今は和解してる?同じ2014年度の紅白に出演
その後の長渕剛さんと桑田佳祐さんは共演はもちろん、同じ音楽番組に一緒に出演することさえもありませんでした。
2人の共演はタブーと誰もが思っていました。
しかし、2014年度の紅白歌合戦に桑田佳祐さんと長渕剛さんが共に出演。
当時は両ファンが「事件だ!」「30年戦争再び…」と大騒ぎしていました。
ただ、長渕剛さんが通常出演するのに対して、桑田佳祐さんは年越しライブをする会場からサプライズ出演するだけというオチでした。
ファンが心配したNHKホールで2人が居合わせるということはなかったということです。
確執騒動から30年以上経過。流石に気にしてない?
気になるのは現在の2人の関係です。
いまだに2人の共演は叶っておらず、同じ音楽番組での共演も相変わらずありません。
あれから30年以上の月日が流れているので、流石にもう気にしてないのでは?との憶測もあります。
2人がジョイントライブで大揉めした頃は20代で、桑田さんの「すべての曲に懺悔しな」に長渕さんが弾圧したのは30代前半の頃でした。
当時の2人は不仲関連以外にも問題発言や行動が多い盛んな時期でした。
現在では2人ともに還暦が過ぎ、70代の超ベテランアーティストです。
現役のうちに、お互いに歩み寄って、引退するまでに再共演というシナリオをファンは望んでいることでしょう。












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