元ジュディマリのギタリストであるTAKUYAさん。
ジュディマリ解散後も音楽活動を続けていますが、YUKIさんほど目立ったメディアの活動はなく、近況が気になる人もいるみたいです。
結婚して離婚、ジュディマリのマネージャー死去の際に立ち回り、心臓病の難しい手術を受けるなどインパクトある動きが多いです。
今日は、TAKUYAさんのジュディマリ解散後から現在までの大まかな話題などについて整理してみたいと思います。
ジュディマリ解散後のTAKUYAの活動の大まかな時系列。ソロや作詞作曲の提供、サポート参加。
ジュディマリが解散した時、TAKUYAさんは30歳でした。
解散後は、ジュディマリ加入前から結成していたバンド「ROBOTS」での活動とソロ、またはジュディマリ在籍時からコンスタントに続けいた作詞作曲の提供がメインとなりました。
↓大まかな活動歴です。※楽曲提供やプロデュースでの関わりは記述外にも多くあります。
2001年/30歳 | JUDY AND MARY解散 |
2002年/31歳 | ソロ活動を開始 |
2003年/32歳 | SMAP「ススメ」作曲提供 |
2004年/33歳 | 地元・京都の元芸妓・竹重美保と結婚 |
2005年/34歳 | プロデューサーとしても活躍し、高橋瞳、喜多修平などのプロデュース。 |
2006年/35歳 | 竹重美保と離婚。 |
2007~8年/36歳 | 布袋寅泰「 FUNKY PUNKY TOUR 2007-2008」に参加 |
2010年/38歳 | 『仮面ライダーW』に出演し俳優デビュー |
2011年/39歳 | 椎名慶治に「疑似パラドックス」作曲提供 |
2012年/40歳 | おはスタのミニドラマ『おはガール物語』で本人役として出演 |
2013年/41歳 | おはガールちゅちゅちゅに楽曲提供 |
2014年/42歳 | 私立恵比寿中学に楽曲提供開始。佐久間正英死去。 |
2015年/43歳 | ばってん少女隊「崇シ増シ×××物語」(作詞・作曲・編曲) |
2017年/45歳 | ももクロライブ参加。 |
2018年/46歳 | 大黒摩季 「FIGHT★GO☆FIGHT 〜戦え BLOODY HEART〜 feat. TAKUYA」 |
2019年/47歳 | TAKUYA and the Cloud Collectorsからアルバム発売&ライブ開催 |
2020年/48歳 | ジュディマリ時代のマネージャー・堀江正樹死去 |
2021年/49歳 | Aqoursの派生ユニットCYaRon!のアルバム『ある日…永遠みたいに!』に楽曲を提供しライブツアーにも参加。 |
2022年/50歳 | 大黒摩季のサポートギター |
2023年/51歳 | 心臓に異常が発見され「不整脈の治療が必要」と診断 |
2024年/52歳 | 心臓の手術 |
TAKUYAは理想的な音楽家の人生?20代の頃の印税で30代以降に挑戦を続けた
TAKUYAさんは22歳でジュディマリでメジャーデビューを果たし、同バンドでは多くの楽曲の創作に貢献し、当時の邦楽ロックの頂点まで駆け上がりました。
30歳でジュディマリが解散するも、以降は印税で生活に困ることはなく、自分のバンドやソロ活動など実験的な音楽を楽しみました。
作詞作曲の提供やプロデュース業が充実しており、コンスタントに布袋さんやももクロ、大黒摩季さんという多ジャンルな現場でギターを弾きました。
一時期は俳優としても印象的な活躍を見せ、ギター教本もヒット、ミュージシャンがやれることをやり切った感があります。
TAKUYAは33歳で京都の舞妓・竹重美保とスピード結婚も2年で離婚
TAKUYAさんはジュディマリが解散した3年後の2004年に結婚。
結婚相手は同じ地元・京都祇園の売れっ子芸妓・竹重美保さんです。
竹重美保さんは結婚当時は22歳で、TAKUYAさんよりも11歳年下でした。
人間国宝の歌舞伎俳優・中村鴈治郎さんとのデートを写真誌にキャッチされたことで有名となり、その後は週刊誌のグラビアに登場するなど売れっ子芸妓として活躍していましたが廃業しています。
過去にすごい人と交際報道が出たり、グラビアに登場したり、舞妓のジャンルを飛び越えて活躍された女性でした。
馴れ初めは2003年秋に京都市内で出会い、同じ京都生まれだったことから意気投合。
2004年に交際1年弱でスピード結婚。
結婚式は2人の地元の平安神宮で挙げられ、披露宴は11月に都内のホテルで行われ、芸能人が多数お祝いに駆け付けました。
結婚後はTAKUYAさんの仕事の拠点である東京で新婚生活を始めました。
この時点で嫁さんは妊娠しておらず、22歳の若さから子供の誕生は先だと思われました。
京都人の嫁が都内の生活に馴染めず慰謝料を払って離婚。子供は生まれず
京都で出会いロマンスを育んだ2人ですが、新婚生活は東京でした。
結婚して以降、生粋の京都人である嫁の美保さんは東京での生活に馴染めずに苦戦。
また、TAKUYAさんのミュージシャン特有のタイムスケジュールや人付き合い故の留守の時間にも苦しめられました。
結婚して僅か2年後の2006年秋に2人は離婚することとなりました。
離婚する手前、2人は既に別居しており、当然子供は生まれませんでした。
離婚する際に、TAKUYAさんは美保さんに慰謝料を払ったとのことです。
慰謝料の発生は不倫などが理由ではなく、馴染めない都内での暮らしに苦しむ美保さんに献身的に寄り添うことができなかったことへの謝罪代のようなものでした。
2014年にジュディマリのPD/佐久間正英、2020年にマネージャー/堀江正樹が死去
かつてからジュディマリの再結成に対しては消極的な発言を繰り返してきたTAKUYAさん。
2019年には週刊誌に元メンバーらが再結成を望んでるニュアンスの記事が出ると、TAKUYAさんはSNSで「俺は再結成なんて望んでない」と投稿し話題になりました。
2024年にオアシスの再結成が話題になると、
「オアシスが本当に再結成するかは知らないが」
「仲悪くても今時は会わなくてもレコーディング出来るから(笑)(笑)仲悪い=再結成しないではないのよ」
と言及し、この言葉の裏に”再結成=ライブをやるだけ”ではなく、”再結成=曲も作る”とのTAKUYAさんなりの思想が見え隠れ。
2014年にジュディマリのプロデューサー・佐久間正英さんが死去。
残されたメンバーだけで再びジュディマリの曲作りはできず、再結成してもライブ止まりになることを懸念し、消極的になっていると考えられます。
2020年にJAMのマネージャー・堀江正樹も死去
ジュディマリのプロデューサー・佐久間氏の死去から6年後の2020年、今度は元マネージャーの堀江正樹さんも死去しました。
堀江正樹さんはジュディマリが結成された頃から現場ヘッドマネージャーを担当し、裏方にとどまらず、メンバーの引っ越しを手伝ったり、機材を一緒に運んだりと公私にわたる支援を行っていた恩人でした。
ファンから「マネジ」と呼ばれるほど親しまれ、TAKUYAさんは堀江さんを「バックステージのJUDY AND MARY」「レジェンド」と評し、”5人目のジュディマリ”とまで言われていました。
亡くなった際は自分のブログにJAM初期から2人で理不尽な雑務をこなしながらも、楽しい時間を過ごした思い出を綴り追悼。
堀江元マネージャーの死去は佐久間さんほど話題になりませんでしたが、TAKUYAさんが
「ほんとにJUDY AND MARY全メンバーは、SNSでもなんでもいいけど、一言でもマネジには追悼のコメントとかあげるべきだ!!!」
と呼び掛けたことで大きなニュースとなりました。
結局、反応したのは五十嵐公太さんだけに留まりました。
この時にTAKUYAさんはその後に「再結成とか願い下げじゃ」と発言。
ファンはTAKUYAさんがジュディマリ関連で熱い動きをしたことに感動したのと同時に、完全なるジュディマリの再結成はないとの不安が大きくなりました。
TAKUYAは2024年に不整脈で心臓を手術。ネットに”死去”や”死因”の関連キーワードが並ぶ
TAKUYAさんは52歳になった2024年に心臓を手術しました。
1年前の2023年12月に所属するソニーグループの健康診断を受診した際に発見。
大きな病院に行き、医師から不整脈の手術が必要と言われ、1年後に手術が決定。
手術の1ヶ月前のソロのワンマンのMCの中で突如告白してファンを驚かせました。
心筋梗塞など大病につながりやすい不整脈を引き起こす心臓内の発生部分をカテーテルで焼き切る治療法を行うとのことでした。
その後に手術は無事に成功。
「無事生還」と投稿すると、ファンからは安堵の声で溢れました。
ただ、これら報道でTAKUYAさんが危ない状態である印象が強く残り、一時期はネット上で死亡説のようなものが流されました。
手術後のTAKUYAに死亡説?「死因」などの不謹慎な関連キーワードが並ぶ
TAKUYAさんの心臓の手術が話題になって以降、ネット上に「TAKUYA 死因」という検索キーワードが登場しました。
この部分だけ見て焦って「元ジュディマリのTAKUYAって亡くなったのですか?」と不安がる声もありました。
2020年にマネージャー/堀江正樹の死去を追悼したTAKUYAさんと共に話題になり、2024年にはTAKUYA本人の生死に関わる心臓手術が注目されました。
何かと”死”と関連した話題が多く混同されてしまったようです。







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