武田祐介さんはRADWIMPSが誇る凄腕ベーシスト。
メンバー屈指のイケメンとしても知られ、ビジュアル担当という一面もあります。
メディアでは脚光が浴びることが少ない武田祐介さんですが、実は野田洋次郎さんに負けじと個性派です。
今日は武田祐介さんの生い立ちと経歴、天才ぶりについて書いてみたいと思います。
武田祐介は一般家庭に生まれるも変わった感性の子供
武田祐介さんは1985年5月24日に仙台で生まれ、その後は神奈川県横浜市で育ちました。
世代的には野田洋次郎さんとギターの桑原彰さんと同じ歳です。(ドラムの山口のみ1世代上)
父親はサラリーマンで、母親は体操のインストラクター、男3人兄弟の末っ子として一般的な家庭に生まれました。
音楽一家に生まれたということはなく、子供の頃は音楽に興味がなかったそうです。
子供の頃はほとんど習い事はせず、一瞬だけ書道を習う字が上手くなる前に辞めています。
初めて買った音楽は小学生の頃にハマっていたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の劇中によく出てきた「ベートーベン」の「交響曲第9番」という変わった子供でした。
小学校6年生の頃に行った友人の家でギターに触れ、そこから楽器に興味を持っていきました。
| 名前 | 武田祐介(ゆうすけ) |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 生年月日 | 1985年5月24日 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 167cm |
| 出身中学 | 横浜市立上の宮中学校 |
| 出身高校 | 神奈川県立鶴見高等学校 |
| 最終学歴 | 洗足学園音楽大学ジャズ科 |
武田祐介は中学で吹奏楽部に入りベースを買って先輩とコピバン
武田祐介さんは横浜市立上の宮中学校に進学すると吹奏楽部に入部。
吹奏楽部に入った理由は、たまたま吹奏楽部の顧問の先生がギターがめちゃくちゃ上手く、吹奏楽部にいればギターが上手くなると勘違いしたそう。
入部してから顧問からコントラバスを渡されるなど選択肢はなく、むしろ朝7時に集合してランニングや筋トレをさせられるブラックな吹奏楽部でした。
部活でクラシックやジャズの課題があったことで、そこからいろんなジャンルの音楽を楽しむようになりました。
中学1年生の頃に初めてベースを購入、買ったのは日本製フェンダーのフレットレスベース。
その後、吹奏楽部の先輩に誘われX JAPANとTHE BLUE HEARTSのコピーバンドに加入し、本格的にロックバンドにハマっていきました。
しかし、バンドという形態よりも、ベースを弾くベーシストやベースという楽器の構造や造りへの関心の方が強く、バンド自体に強いこだわりはなかったそうです。
鶴見高校時代も吹奏楽部。女子にモテモテでバレンタインにチョコ40個
武田祐介さんは地元の鶴見高校に進学。
高校時代も吹奏楽部に入部しました。
軽音楽部ではなく、あくまで吹奏楽部に入るというのが、武田祐介さんの正確なプレイの基礎に良い影響を与えたとされています。
高校時代にもバンドを結成しており、高校2年の頃に加入前のRADWIMPSが出場した大型大会では、後にメンバーとなる野田洋次郎さんと桑原彰さんと会場ですれ違っています。

武田さんは「もしも」で優勝したRADWIMPSを「凄い」と思って観ていたそう。

武田さんも高校3年生の頃にRADWIMPSが優勝した翌年に同じ大会に出場しています。
当時の武田さんは女性によくモテており、バレンタインデーには女子からチョコを40個以上も貰ったそうです。

高校3年の頃に野田洋次郎さんが受験勉強のためにRADWIMPSは活動休止、そして3年の終わりに再結成に向けてメンバーチェンジを行い、そこで武田祐介さんに声が掛かりました。
洗足学園音楽大学に進学しRADWIMPSに加入
高校3年生の終わりにRADWIMPSに勧誘され、2004年3月にバンド活動が再開されると同時に武田祐介さんは加入。

武田さんは鶴見高校を卒業した後、洗足学園音楽大学のジャズ科に進学。
洗足学園音楽大学は神奈川県にある日本の私立大学で国内の大学のなかでも生徒数やコースも多い学校として有名です。
当初はクラフト(作り手)を目指して専門学校への進学を希望しましたが、親に大学でないとダメと言われ断念。
高校の吹奏楽部の先輩に洗足学園音楽大学のジャズ科ならエレキベースで入れると言われ、「楽器を作るなら演奏する人の気持ちもわからないとダメだ」と進学を決めました。
RADWIMPSに加入して早々にレコーディングに参加、当初の武田さんはレコーディング経験もなく動揺するも、しっかりと順応。

学校、ライブ、レコーディングの繰り返しで多忙を極めましたが、無事に大学を卒業しました。
一緒に加入したドラムの山口智史さんとは大学が一緒だったということで、初期は遠征先のホテルが相部屋になるなど仲良しでした。

大学生の頃もモテモテでサードアルバムから4枚目までの10ヶ月の間に彼女が5回変わったという伝説を残しています。
ちなみに大学に在学中にドラマ「のだめカンタービレ」の撮影が大学で行われ、後輩らがエキストラで出演したことが羨ましかったそうです。
また、お笑い芸人の朝倉小松崎の朝倉隼人とは大学の同級生でした。
武田祐介の天才エピソード。学生の頃から自分でベース機材を改造
RADWIMPSといえば野田洋次郎さんが鬼才の変わり者として有名ですが、実はベースの武田祐介さんも洋次郎さんに負けじと超個性的です。

武田祐介さんの天才的なエピソードとしては、
- オムライス&餃子、おろしそば&ティラミス、炒飯&白ごはんなど変な組み合わせで食事をしてはメンバーをドン引きさせた。
- 納豆カレーとコーヒー牛乳を合わせて食したらお腹を壊した
- 玉ねぎを炒めるのが好きで1時間でも2時間でも炒め続けることができる
- 学生時代に自転車に「ブルーマウンテン」と名付け、しょっちゅう撤去&盗難に遭っていた。
- 滑舌が悪く噛み噛みだが、なぜか覚えたての中国語は噛まずに話せる。
- 作業中に飲むルイスボスティーのティーパックを8回ぐらい使い、最後ほぼお湯だけになって「今日もいっぱい飲んだ」とバロメーターにしている。
- コーヒーのドリップも4度使用すると発言してコーヒー好きのKing Gnu・新井をドン引きさせた。
- 猫が好きすぎて「ネズミになって猫に食べられたい」と謎の愛情表現を口にした
- メンバーの中でも最も大食いで最も酒が強い
- 食事が会社の経費だと知ると、食べ放題だと思い込んで(小さな会社なのに)遠慮なしに飲み食いする。
- 学生バンドとしてツアーと楽曲制作に忙しくメンバーらが退学を余儀される中、なぜか武田だけが無事に大学を卒業した。
- 年越し三時間前に突如「年越蕎麦食べなければ!」と店も調べずに信州まで急いで行った
- 真夏なのにバッグにホカロンを入れていた
- 車は事故などで乗り換えることが多い
- 味覚があまりなく、感じるのは「あっさり」「こってり」「ふつう」のみ。
- 汗が楽器に悪いと知り、右手の発汗神経を切った。(そしたら全身が汗っかきになった)
- 独身時代、合コンの際はRADWIMPSの名前をフルに使っていた。
- ギターの桑原と出会った当初、ほとんど話さず、売れた後もドラム・山口が休養するまでまともにコミニュケーションを取らなかった。
ベーシストとしての才能やセンスもピカイチ!機材を改造しまくり
武田祐介さんは吹奏楽部、ジャズ科での学びを生かした、緻密でメロディアスなフレーズ構築や、スラップ奏法を始めとしたテクニカルなプレイに定評があります。
音価や音数のコントロールが天才的であり、主張したフレーズばかりでなく最低限の音数でボトムを支えるなどの技術を持ちます。
ルートを疎かにしないベーシストですが、時に歌メロと絡むインタープレイ的なフレージングもできてしまいます。
技術が認められた現在でも向上心を持っており、現在でもベースを習いに行き、2025年の「賜物」のベースラインは植田博之先生にアドバイスをもらうなどしてます。
ベース以外にも、鍵盤を弾いたりMPCのパッドを叩いたり、チェロを弾いたり、スティール・パンをやったりと多才ぶりを発揮しています。
武田祐介さんの主な使用ベースは↓
- YAMAHA BB-Takeda Custom #1
- YAMAHA BB-Takeda Custom #2
- YAMAHA BB-NEII
- YAMAHA TRB-6 P-Ⅱ
- FenderUSA jazz bas
4弦ベースはほとんど使用せず、5弦、6弦の多弦ベースばかり所有していることから、メンバーからは「多弦田」と呼ばれることもあります。

6弦の魅力をフルに使うベーシストでありながらもテクニック志向でもなく、歌に寄り添った独特なメロディアスなラインも得意です。
元々はベースの作り手になることを夢見ていたほどで、中学1年の頃に初めてベースを買った時から、ベースの構造が気になって分解などをしていました。
ベースを始めたばかりの頃はフレットレスを使っていたりし、ベースにフレットがないと勘違いしていた時期があったそうです。
現在では原型の跡形もないほどに改造したり、自分で作ったベースを使用したりしてます。









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