吉田拓郎の歴代3人の嫁と子供。今妻は森下愛子。浅田美代子の略奪不倫

70年代前半
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吉田拓郎さんといえば70年代から活躍した日本フォーク界のレジェンド。

当時の若者の心に響く素晴らしい楽曲を多く作曲し、昭和のフォークブームを牽引しました。

私生活ではプレイボーイとして知られ、結婚は3度も経験しています。

今日は吉田拓郎さんの歴代の嫁との馴れ初めと結婚、離婚理由などについて書いてみたいと思います。



吉田拓郎の歴代の嫁と子供一覧

吉田拓郎さんの初婚は1972年の四角佳子さんと結婚で、1974年に第一子が生まれますが1975年に離婚

1977年に浅田美代子さんと再婚するも、1984年に離婚。

1986年に森下愛子さんと3度目の結婚をし、以降は婚姻関係がずっと続いています。

時期 結婚・離婚
1972年(26歳) 四角桂子と結婚
1974年(28歳) 四角桂子との間に娘「彩」誕生
1975年(29歳) 四角桂子と離婚
1977年(31歳) 浅田美代子と2度目の結婚
1984年(38歳) 浅田美代子と2度目の離婚
1986年(40歳)〜今 森下愛子と3度目の結婚

吉田拓郎の1人目の嫁は歌手・四角桂子。唯一の子供が誕生

吉田拓郎さんが一番最初に結婚したのは1972年です。

当時、26歳だった吉田拓郎さんは20歳の歌手・四角桂子さんと結婚しました。

同じコンサートで出会い、初対面の印象は最悪も懸命なアプローチで交際に至り、その後に結婚。

結婚した翌年に婦女暴行容疑の誤認逮捕など波乱がありますが、1974年に第一子の長女「彩」さんが誕生

吉田拓郎と四角桂子の娘”彩”の現在。結婚直後にファンの嘘で婦女暴行容疑
フォーク界きってのプレイボーイだった吉田拓郎さん。過去に3度の結婚をしてますが、最初の結婚は26歳の頃でした。1人目の嫁は同じ歌手の四角桂子さんで、彼女との間には唯一の子供が誕生しています。最初の結婚はわずか3年でしたが、その中では幾度もス...

子供が誕生した当時から、吉田拓郎さんは自身が子供中心の生活に馴染めないことなどを嘆いていました。

そして、1975年9月には離婚するとことなります。

離婚理由は性格の不一致や浅田美代子との不倫

吉田拓郎さんは四角桂子さんと3年ちょっとで離婚。

そもそも、結婚した当初から価値観の違いから衝突が絶えず、喧嘩ばかり

子供が生まれれば変わると思っていたそうですが、長女誕生後も変わらず。

また、吉田拓郎さんの収入が劇的に増えたことで浪費も増え、結婚生活の軸が定まりませんでした

特に、娘の誕生前後には浅田美代子さんとの不倫が始まり、そのことも離婚の要因にあったとされます。

離婚前後には四角さんのことが好きだと発言していましたが、立て直しはできませんでした。

離婚後は娘の親権と資産の全てを元嫁に渡す形となり、娘と会えたのは娘が成人した後

娘の彩さんの結婚式には吉田拓郎さんの姿はなく、また孫は誕生した後も交流がある様子はありませんでした。

浅田美代子は略奪不倫だった?再婚に樹木希林や内田裕也も関係

吉田拓郎さんの2人目の嫁は浅田美代子さんです。

浅田美代子さんと吉田拓郎さんの馴れ初めは、1974年に楽曲「じゃあまたね」を提供したことです。

吉田拓郎さんが浅田美代子さんをラジオのゲストに呼び、そこで連絡先を交換したのがスタートでした。

1975年にはテレビドラマ「なつかしき海の歌」でも共演し急接近。

当時の浅田美代子さんは18歳で、相手が既婚者であることも深く考えずに交流を始めたとされます。

浅田美代子さんは早々に売れっ子アイドルになってしまい、または厳格な家庭に育ち恋愛とは無縁の純粋な少女でした。

港区出身の浅田美代子。実家は超お金持ち!父母と兄弟の逸話
浅田美代子さんは1973年にデビューした人アイドル歌手。日本レコード大賞で新人賞を受賞し、その後もリリース楽曲はヒット。アイドル歌手として一時代を築き上げ、その後は女優としても力を見せました。晩年は超天然キャラとしてバラエディ番組で活躍され...

18歳にして同年代の女の子は青春を謳歌してるのに、”自分は仕事ばかりで青春がない”とのストレスから刺激を欲していたのも、吉田拓郎さんとの関係を後押ししました。

吉田拓郎の不倫に内田裕也&樹木希林が一喝するも本気度を確認し黙認

これまでに恋愛をしてこなかった浅田美代子さん。

吉田拓郎さんからのアプローチも、当時すでに業界で悪評があった為、周囲は必死にガード

しかし、浅田美代子さんの誕生日に、吉田拓郎さんが浅田さんの自宅に電話

電話に出たのは浅田さんの母でしたが、

「浅田さん、もうすぐ誕生日では。みんなで祝おう」

と2人きりではないと強調し誘うも、指定されたお店に向かうと、店内には吉田拓郎さん一人しかいなかったそうです。

吉田拓郎さんの男らしいアプローチに、虜になり、不倫関係となっていきました。

なんとも、これまで浅田さんを口説こうとしてきた人は、親やマネージャーの壁を破れず退散、吉田さんの行動を「なんて男らしい人なんだろう」と夢中になったとか。

私よりも10歳年上の吉田さんは、いつも堂々としていて余裕があって、愛を表現することのみならず、全ての行動がストレートでエネルギッシュな人だった。そんな吉田さんは、私にとって頼もしく、一際、かっこよく感じられた。

学生時代の淡い恋をのぞけば、大人の階段を登り始めてからの初めての恋だ。恋にも青春にも飢えていた私にとって、吉田さんから得られたときめきや刺激は新鮮であり、貴重なものでもあった。

2人の不倫関係はすぐに業界中に知れ渡りました。

不倫報道が出た際、吉田拓郎さんは恋愛感情はない。妹のような存在」と不倫関係を否定するも形だけ。

そんな吉田拓郎さんを見兼ねた内田裕也&樹木希林夫妻は、吉田拓郎さんが飲んでいるところに乗り込み。

内田裕也さんは吉田拓郎さんにん、

「どういうつもりで付き合ってんだ、お前!」

と詰め寄ると、吉田さんは「真面目に付き合っています。結婚するつもりです。」と真剣交際をアピール。

吉田拓郎さんの浅田さんへの気持ちが本気だったとわかると、内田&樹木夫妻は、安心して帰って行ったそうです。

浅田美代子さんは不倫報道後のインタビューで、

拓郎さんが好きです。奥さんや子供さんがいてもかまいません。誰が何と言おうと交際をやめません。

不倫関係を堂々と公言。

さらには「拓郎さんの奥さんと子供に会ってみたい」と天然なのか挑発なのか分からない発言までしてしまう始末。

吉田拓郎さんが四角桂子さんと離婚すると、浅田さんプロポーズしますが、浅田美代子さんの両親は当然のように大反対

親の反対を押し切って略奪婚が成立。樹木希林もアシスト?

浅田美代子さんの父親は、不倫相手だった吉田拓郎さんとの結婚話を聞くと激怒。

両親だけでなく事務所も仕事仲間も結婚には反対。

しかし、そこでかつて吉田拓郎さんに一喝していた樹木希林さんが登場。

なんと、樹木希林さんは結婚に反対する両親を説得しに、実家まで来てくれたそうです。

『結婚したら芸能界を引退して欲しい』

『専業主婦をちゃんとやれたら、人間として何でもできるようになるわよ。家を切り盛りするんだよ。しかも、報酬もないのに、家族のために尽くせるなんてすごい仕事だよ。美代ちゃん、やってごらんよ』

と浅田さんが吉田さんとの結婚を成功さすために親身にアドバイスまでしてくれたのです。

結果的、吉田拓郎さんと浅田美代子さんは1977年に再婚。

浅田美代子さんは結婚を決めた理由について、

『1つは、あまりにも多くの人に強く反対されたから。』

反抗心の反動が強かったことも挙げていました。

浅田さんは樹木希林さんのアドバイス通りに芸能活動を休止、結婚後はおしどり夫婦でしたが、結婚生活が楽しかったのは最初の1年だけ。

吉田拓郎さんは、

「最初の1年は楽しかったけで、2年目からは頭がおかしくなりそう」

と、浅田美代子さんの素朴過ぎる性格に病んでしまったのです。

子供も生まれないまま、すぐに結婚生活は崩壊し、結婚して5年後の1983年6月には現在の嫁の森下愛子さんと不倫。

そして、浅田さんは1983年10月には芸能活動を復活させ、離婚フラグが立ちます。

不倫報道から1年後の1984年の8月には浅田美代子さんとの離婚を発表しました。

吉田拓郎さんは離婚会見で、

離婚しないですむ方法はないかと真剣に話し合った。子供をつくったら、ということも考えたが」

家庭におさまるには自分は若造すぎる」

最近いい曲も書けんし、もの作りするには家庭があってはいかんと思った。これからお互い自由に気兼ねなく会いたい。離婚したあとはいい曲が書けそうだ」

と、自分の責任であることを認めつつ、あくまで音楽優先であることを貫きました。

離婚後、全財産を浅田美代子さんに渡しました。

離婚当時の吉田拓郎さんは37歳、相当な覚悟のある財産分与でありました。

現在の嫁・森下愛子とは不倫スタートだった。馴れ初めはラジオ

吉田拓郎さんは結婚して浅田美代子さんと結婚して5年後の1983年6月に現在の嫁の森下愛子さんとの不倫が報道

当時、吉田さんは自身の不倫について、

「愛子ちゃんは好きだよ。でも、スキがないんだよな。先のことはわからないねぇ」

と、全く否定せず、むしろ好きであることを強調していました。

嫁であるはずの浅田美代子さんも、

「拓郎は昔から愛子さんのファン。一緒にお酒が飲めて楽しいんじゃないのかな。」

「森下さんのことも主人から聞いていましたから全然心配していません。(浮気性は)あの人のクセですから直んないんです。悪いことしてても憎めないんですよねぇ。」

と危機感のないコメントをしていました。

吉田拓郎さんと森下愛子さんの馴れ初めは前妻・浅田美代子さんと結婚3年目の時に、自身のラジオ番組にゲストに呼んだことがきっかけでした。

森下サイドはオファーが掛かった当初から関係者に吉田さんの下心が見え見えで止められたそう。

「安心できるように」と吉田拓郎さんの友人でシンガーソングライターの小室等さん、森下さんの親友の竹田かほりさん(現・甲斐よしひろさんの奥さん)と4人で一緒にゲスト出演する形で承諾。

共演後、すぐには恋仲にはなりませんでしたが、共演から2年後に偶然にも同じ美容院で再会。

「今レコーディングやってるんで、見に来ませんか」

と誘い、その後から急接近。

ちなみに森下さんは誘われた当初のことを、

「普通なら絶対に行きませんが、当時はお互いさびしい時期だったようで、つい行っちゃたんです。

それがきっかけで会うようになりましたが、友達のような関係の時期が長くて」

と回想しています。

不倫が始まったきっかけは俳優の中村雅彦さんです。

中村雅俊さんが森下さんと飲んでいる時に、「いま、森下さんと飲んでるんだけど来ませんか」と吉田さんを呼んだのです。

3人で朝まで飲み明かした後、中村さんはドラマの撮影の都合で帰るとして、

「拓郎さん、ホテルに行っちゃいなさい」

と言い残し、その後に2人は本当にホテルに行ったのです。

中村雅彦さんが恋のキューピットだったことは2013年の「坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」で明かされ、長く封印された話でした。※悪く言えば不倫の助長

吉田拓郎は森下愛子との結婚を続ける。お互いに支え合う良き夫婦

吉田拓郎さんは1986年に森下愛子さんと3度目の結婚

当時、吉田拓郎さんは40歳でした。

当時、再び吉田拓郎さんの不倫などで離婚するだろうと思われていましたが、現在までに40年以上も結婚生活は続いています。

新婚の頃は衝突が多く喧嘩することもあったそうですが、徐々にお互いの価値観にフィットしていったようです。

これまでに夫婦ラブラブな様子が週刊誌に載ったり、インタビューでお互いが結婚生活に言及したりと、おしどり夫婦となっています。

森下愛子さんは過去にうつ病になったことがありましたが、その際は吉田拓郎さんが彼女を真正面から受け止め、引っ越しして環境を変えるなどして支えました。

結婚して長い歳月が経った後も、

うちの奥さんがベストパートナーと思えた瞬間ってのは、もしかすると今かもしれない。

あの人がいないと困るね。

単純に愛妻家とか、そういうのじゃないんだけど。」

と、嫁さんと出会えたことへの感謝を告白していました。

森下愛子さんとの結婚生活が落ち着いた頃には、これまでの恋愛仕込みの楽曲は減り、毎日の幸せや日常を歌った曲が増えていきました。

2021年には、

「これからの老老人生、ふたりで協力して、できれば明るく、できれば平穏に、できればより長く、助け合って生きていこうと思っています」

と、若い頃では考えられないような発言をしています。

キャリア晩年には吉田拓郎さんは病気、一時期は歌手引退を発表されていましたが、そんな時も森下愛子さんも一緒に女優の仕事を引退し吉田さんを支えました

女性関係が派手だった吉田拓郎さんだけに、最後に良いところに落ち着いて、ファンも安心ですね!

 

 

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