いつの時代になっても潜在的な”イケメン”として活躍される木村拓哉さん。
木村拓哉さんの人気は90年代に始まり、00年代に全盛期を迎え、10年代も継続されました。
文字通りに”平成を抱いた男”であります。
今日は木村拓哉さんが若い頃からの流行らせたファッションや髪型、30代と40代も変わらずに影響を与え続けた凄みについて回想してみたいと思います。
木村拓哉の驚異的人気は歴代出演ドラマの視聴率を見れば一目瞭然!
木村拓哉さんは国民的アイドル「SMAP」のメンバーとして長年活躍しました。
”今後、SMAP以上のアイドルグループが登場することはありえない”と言われていますが、その理由の1つに”キムタク人気”があります。

木村拓哉さんがSMAPが売れる前に出演したドラマの視聴率や、世に与えた影響を考えると、その後のSMAPが彼のカリスマ性の恩恵を大きく受けたと言わざる得ないです。
SMAPブレイク後もメンバーの不祥事など暗い時期もありましたが、木村拓哉さんの輝きがあったからこそ、解散までに失速せずに走り切れたと言えます。
木村拓哉さんが出演したドラマの視聴率を年代ごとに並べると以下のようになります↓
| 年代(年齢) | ドラマ | 平均視聴率(最高) |
| 1993(21歳) | あるなろ白書 | 27(31.9) |
| 1994(22歳) | 若者のすべて | 16.2(18.3) |
| 1995(23歳) | 人生は上々だ | 20.1(23.2) |
| 1996(24歳) | ロングバケーション | 29.6(36.7) |
| 1997(25歳) | ラブジェネレーション | 30.8(32.5) |
| 1997(25歳) | ギフト | 18.2(23.0) |
| 1998(26歳) | 眠れる森 | 25.2(30.8) |
| 2000(28歳) | ビューティフルライフ | 32.3(41.3) |
| 2001(29歳) | HERO | 34.3(36.8) |
| 2002(30歳) | 空から降る一億の星 | 22.6(27.0) |
| 2003(31歳) | GOOD LUCK!! | 30.6(37.6) |
| 2004(32歳) | プライド | 25.2(28.8) |
| 2005(33歳) | エンジン | 22.6(25.3) |
| 2007(35歳) | 華麗なる一族 | 24.4(30.4) |
| 2008(36歳) | CHANGE | 22.1(27.4) |
| 2009(37歳) | MR.BRAIN | 20.5(24.8) |
| 2010(38歳) | 月の恋人~Moon Lovers~ | 16.8(22.4) |
| 2011(39歳) | 南極大陸 | 18.0(22.2) |
| 2012(40歳) | PRICELESS~あるわけねぇだろ、んなもん!~ | 17.7(20.1) |
| 2013(41歳) | 安堂ロイド~A.I know LOVE?~ | 12.8(19.2) |
| 2014(42歳) | HERO | 21.3(26.5) |
| 2015(43歳) | アイムホーム | 14.8(19.0) |
| 2017(45歳) | A LIFE~愛しき人~ | 14.5(16.0) |
| 2018(46歳) | BG~身辺警護人~ | 15.2(17.3) |
| 2019(47歳) | グランメゾン東京 | 12.9(16.4) |
| 2020(48歳) | 教場 | 9.8(12.1) |
| 2022(50歳) | 未来への10カウント | 10,9(13.1) |
| 2024(52歳) | Believe-君にかける橋 | 10.3(13.2) |
SMAPがブレイクする前に出演したドラマで平均視聴率20%超え。
さらにSMAPが国民的アイドルとして天下を獲った後は平均視聴率25%超えもザラでした。
テレビ離れが進んだ後も15%前後をキープするという離れ業。
サブスクコンテンツが盛んな時代に突入し、SMAPも解散、本人も50代に突入した今も尚、平均視聴率は10%付近を保っています。
これは作品の面白さだけでなく、キムタクという存在を目に触れたいファン心理、またはファッションアイコンとして男性に注目され続けた結果でもあります。
木村拓哉の10代。”腹黒い先輩”に嫌気が差し”裏表のない”男闘呼組の影響を受ける
木村拓哉さんは1987年の15歳の頃にジャニーズ事務所に入所。
入所してしばらくはレッスンに勤しみ、やがて先輩のバッグダンサーとして踊るようになりました。

この頃は光GENJIが全盛期で、結成されたSMAPは主に光GENJIのバッグ要員のような扱いでした。
この頃、光GENJIのメンバーは明らかにルックスの良い木村拓哉さんのことを脅威に感じ冷遇。

他のSMAPメンバーが食事に誘われる中、木村さんにだけに声を掛けずに仲間外れにすることもしばしば。
ある時に稲垣吾郎さんが「木村くんが行かないなら僕も行かない」とフォローしたこともあったそう。
そんな省かれてる木村さんを見兼ねて親切にしてくれたのが男闘呼組のメンバーらです。

男闘呼組はジャニーズでありながらも硬派なバンドユニットで、女性に媚びない男らしいグループでした。
木村拓哉さんは男闘呼組の先輩を慕うようになり、後に男闘呼組と同じように”愛想笑いをしないアイドル”と成長していきました。
男闘呼組が木村さんに与えた影響は硬派な振る舞いだけでなく、ジーンズやブーツなどのファッション面も影響を受けたとされています。
ラジオでレッドウィングのブーツとの出会いを話されたことがありましたが、先輩の家の玄関でさりげなく覗いて知ったのがレッドウィングで、すぐに同じ物を買いに行ったと語っていました。

木村さんが真似したその先輩は、男闘呼組である可能性が高いです。※特に成田昭次氏
木村拓哉は20代前半に男のロングヘアーを流行らす。”あすなろ抱き”やエンジニアブーツ&エアロレザー
木村拓哉さんは21歳になるとドラマ「あすなろ白書」に出演。
決して主演という立ち位置ではありませんが、物語の台風の目となる魅力を発揮し話題になりました。

ドラマの中で見せた後ろから優しくハグする様子は「あすなろ抱き」と呼ばれ、同じことをされたいという女性で溢れました。
「あすなろ白書」の頃はサラサラヘアーでしたが、その後に髪は伸びていき、20代前半頃の代名詞ともなるロングヘアーとなりました。

当時、男のロン毛は不潔で重たいイメージがありましたが、木村拓哉さんの長髪はむしろ色気溢れる魅力があり、同じスタイリングを真似する男性が続出しました。
アメカジを浸透させたきっかけとなった「若者のすべて」
22歳の頃に「若者のすべて」に準主役として出演。

ドラマは当時の木村さんにしては高視聴率とはなりませんでしたが、作品で着ていた、
- エアロレザーのブラウンのレザージャケット※ハーフベルト
- 50年代のヴィンテージジーンズ※リーバイス
- レッドウィングのエンジニアブーツを着用。
これら衣装は世の男性に影響を与え、チーマーなど不良を中心に流行しました。
このスタイリングは現在までにアメカジの基礎となっており、何年経っても色褪せないアイコンの1つとなっています。
キムタクのパーマは平成の憧れ?エイプのダウンジャケットやアイリッシュセッター
1996年の24歳の頃に出演した「ロングバケーション」は社会現象にまでなりました。
”ロンバケの放送日には街から女性が消える”とまで言われ、当時の女性の憧れが凝縮した作品でありました。
この頃の木村拓哉さんはロングヘアーをバッサリ切ってパーマをあてました。

当時にしては斬新な寝癖のような可愛いスタイリング。
現在ではこのような男性のパーマは定番化されていますが、実は最初に始めたのは木村拓哉さんでした。

木村さんは自身の書籍「解放区」で、このパーマを「平成のベートーヴェン」と題していました。
この髪型は2000年代初期ほどまで木村さんは好み、世間でも同じパーマをオーダーする人に溢れ流行しました。

ロンバケでは部屋の窓からスーパーボールを外の地面に落として、バウンドしたのをキャッチするという演出があり、世間ではこれを真似する人が続出しました。
2000年の28歳になった頃に主演した「ビューティフルライフ」は平均視聴率32.3%、最高視聴率41.3%を記録。

美容師をテーマにした作品だったということで、2000年の美容師志望率が例年より2割ほど上がるなど美容業界に影響を与えました。

”好きな男性に髪を切ってもらう”、”好きな女性の髪を切って綺麗にする”、”後ろから抱きしめる”、これらに憧れる男女で溢れていました。
また、作品での木村拓哉さんの衣装に多く見られたチェックをベースにしたアメカジスタイルも人気でした。

特にPatagoniaのミントグリーンのスナップTは、今でもヴィンテージ市場で「“柊二カラー”」と呼ばれ、値崩れしません。
リーバイスのオレンジタブのジャケット、チャンピオンのリバースリーブなど、今振り返ってもハイセンスな組み合わせでした。
作品の背景が寒い季節だったということから、冬アメカジスタイルの教科書となっています。
HEROのエイプのダウンとレッドイングのアイリッシュセッター
木村拓哉さんが流行らせた物で最も有名なのが「エイプ」のブラウンのダウンジャケットです。
2001年の29歳の頃に出演した「HERO」は作品としても評判が高く、その中で木村拓哉さんが着用したダウン、ブーツらはどれも爆発的に売れました。

同類の「エイプ」初期のダウンジャケットは現在でもヴィンテージ市場で20万前後で取引されるなど、値崩れしません。
重たいレザー製ダウン、それも合わせにくいブラウンを流行らせたというのは、”オシャレになりたい”というよりも、”キムタクになりたい”という世の男の本音の表れだったと思います。
HEROで木村さんが履いていたレッドイングのアイリッシュセッターも人気に火が付きました。

木村さんは元々、いろんなレッドウィングのブーツを履いていましたが、特にHEROで履いていたセッターは彼の代名詞となっています。
木村拓哉は30歳から遂に短髪!航空会社志望の増加や将来のアイスホッケー日本代表を量産
木村拓哉さんは20代でロングヘアー、パーマと流行らせましたが、実は30代の頃に短髪も流行らせています。
2002年の30歳になった頃に出演した「空から降る1億の星」では、長年のパーマスタイルを捨てて、遂に短髪スタイルを披露。

端正な顔立ちが際立ち、優しそうな表情がギャップがあり大ウケでした。
また、同作品で木村拓哉さんが被っていたキャスケットも売れました。

キムタク世代の人なら、キャスケットが似合う人=キムタクという認識のはずです。
作品の中での木村さんは心に闇を抱え、冷酷な性格であり、当時の男性でも同じようにクールぶりカッコつける方が多くいました。
当然ながら、当時の木村さんの短髪を参考にする男性が多くいましたね。
「Good Luck」でパイロット志望、「プライド」でアイスホッケーの競技人口を増やす
30歳に突入してからの木村拓哉さんは、配役もカリスマ性ある役が増えていきました。
2003年の31歳の頃に出演した「Good Luck」では怪我から這い上がるパイロット役を演じました。
前作の「空から降る1億の星」よりも髪の毛がさらに短くなり、会社員でも真似しやすいスタイリングとして流行しました。

髪型だけでなく、作品を通じてパイロットやスチュワーデス、整備士の仕事に魅力を感じる若者が増え、育成学校などの進学率にも影響を与えました。

Good Luckで木村さんが演じた新海のライフスタイルに憧れる人が多く、ロフト付きの部屋や、朝食をバナナと牛乳で済ませるというルーティンも流行りました。
2004年に出演した「プライド」でアイスホッケー選手を演じると、同競技に興味を持つ子供が増え、競技人口の増加に貢献。

東京五輪アイスホッケー日本代表のほとんどの選手が子供の頃に観た「プライド」がきっかけでアイスホッケーを始めたというから驚きです。
また、「プライド」で木村拓哉さんが着用していたテンダーロインのチェックもプレミア化。

当時、いろんなブランドからチェック物のシャツが出るなど、日本のアパレル業界に大きな影響を与えました。
「プライド」ではQueenの最終アルバムに収録されているマイナー曲「I Was Born To Love You」を主題歌に抜擢し大ヒット。
日本ではWe Will You Rockに続きQueenの名曲というイメージがありますが、それはドラマ「プライド」の影響であります。
木村拓哉の魅力は若い頃だけではない!レザーアイテムや白髪も魅力的
木村拓哉さんの全盛期といえば、主に2004年の「プライド」までという見方が多いです。
しかし、カリスマ性自体は2005年以降も継続されています。
00年代後半にはロン毛とパーマを合わせたスタイリングを披露。

スタイリングは難しいため、流行とまではなりませんでしたが、当時の木村さんの映像をSNSで見た若者からは「こんなイケメンだったのか」との驚きのコメントで溢れています。
2019年の47歳の頃に出演した「グランメゾン」では、作品の中で着ていたRRLのカーコートや、愛用したヴァスコのネルソンバッグが品薄となりました。

コロナ禍を超えて現在でも手に入りにくい状況で、市場に出てもプレ価で販売されています。
昔のように若い子のトレンドの中心には入りませんが、同世代が好むアイテムの前方にしっかりと立ち続けています。
現在の木村拓哉は理想的な夫であり父親である
木村拓哉さんは2020年の「教場」では白髪を披露。
この時、48歳でした。

50代を前にしても渋くてカッコよく、「さすが何しててもカッコいい!」と大好評でした。
全盛期に結婚した奥さんをノースキャンダルで守り抜き、芸能界デビューした娘たちからも「一番好きな芸能人」と太鼓判を押され、良き夫であり父であることが証明されました。

また、立ち上げたYouTubeチャンネルでは、後輩やスタッフへの配慮が流石だとして人柄も認められています。
子持ちのタレントとの服選びでさりげなく透け度をチェックしたり、後ろに並んだ子供に過剰にせず自然体で接すなど、人生の経験値の高さから尊敬の眼差しが向けられています。
トレンドの中心にいた若い頃の木村拓哉さんも素敵ですが、年相応に魅力を重ねている現在こそが真骨頂な気がします。

















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