木村拓哉さんといえば、工藤静香さんと結婚して以来2人の娘に恵まれています。
夫婦仲は良好で2人の娘からは尊敬され、非の打ち所がない最高の家族を築いています。
しかし、本人は両親との関係が微妙で、近年は”絶縁してる”との報道も出ています。
また、母や弟が話題になるのに対して、父・秀夫さんの近況は分かりにくいです。
今日は木村拓哉さんの父・秀夫さんについて書いてみたいと思います。
キムタクの父・木村秀夫は真面目で厳格。子供の想いの良き父親
木村拓哉さんの父親・木村秀夫さんは母・悠方子さんとほぼ同い年です。(1949〜50年生まれ)

木村秀夫さんは70年代から川島織物セルコンの営業部に勤務していました。
木村拓哉さんが東京生まれながらも、幼少期に大阪府、小学校から千葉と転々してたのは、父・秀夫さんが営業職で転勤族だった為です。
父が務めていた川島織物は1843年創業の伝統ある会社で、帝国劇場や歌舞伎座の内装一部を任されるなど、格式高い会社。

木村拓哉さんは著書「解放区」で当時借りてるマンションのインテリアについて、「あまり借りてる部屋の壁に無茶すると親父に怒られる」と綴っていました。
厳格な父・秀夫はキムタクの芸能界入りを反対していた
秀夫さんは典型的な昭和親父で、教育の為なら体罰も辞さず、木村拓哉さんもよく「歯を食いしばれ」と言われ週一は父に殴られたと語っています。
木村拓哉さんは5歳の頃から父親に剣道を習わされ、その時も「散歩に行くぞ」と言いながらスニーカーを履こうとすると「下駄を履け」と言われ、騙されて剣道道場に連れて行かれたとのこと。

結果的に剣道を通じて忍耐やマナーを習得できたそうですが、当時は父親のことが好きではなかったそう。
一般家庭ながらもお小遣いも制限され、欲しい物も滅多に買ってもらえず。
木村さんが子供の頃に自転車が欲しい時はゴミ捨て場から拾って乗っていたことも明かしています。
木村拓哉さんの長女・cocomiさんが小学生の頃にゲームソフトを買うのに3ヶ月お金を貯めたと発言し、お金持ちにも関わらず月の小遣いが1000〜2000円程度と発覚し話題になったことがあります。
それも、おそらく木村さん自身が父にそう育てられた影響だと思われます。

また、父・秀夫さんは木村拓哉さんのジャニーズ入りも反対していたことで有名。
木村拓哉さんも娘2人の芸能界入りに難色を示していたと言われており、この部分も父・秀夫さんと似ています。
木村拓哉さんの子供は女の子2人ですが、仮に男の子が産まれていたとしたら、時には手を挙げるほど厳しく躾けていた可能性がありますね。
木村拓哉が父親の会社から写真集を出版。父と独立するシナリオがあった?
木村拓哉さんが真面目に芸能界の仕事に取り組み、SMAPとしてデビューし、ドラマで結果を出し始めると、反対していた父も応援する立場に。
1996年には父の勤める川島セルコンの関連会社「川島インターナショナル」から写真集「木村拓哉」を出版。

写真集では、アイドル色を抑えた渋くて趣味の良い内容で、息子を熟知した父が関わっただけあって、流石の出来栄えで好評でした。
しかし、父は1996年に長年勤めていた会社を辞めており、この写真集を巡って本社と揉めたのでは?と言われています。
また、その後に父の会社を経由して木村拓哉さんが独立するつもりだったのでは?という都市伝説まで残っています。
真相は不明ですが、この逸話の中に実は息子想いな良い父親でもあった側面が見え隠れしてますね!
ちなみに、この1996年頃に木村拓哉さんは両親に都内の一軒家をプレゼントしており、親子関係が最も良い時期だったと思われます。
父・秀夫と母・まさ子でレストラン経営。その後に本格的に飲食経営に乗り出す
父・秀夫さんは1996年に脱サラすると、1997年10月に母・まさ子さんとと共にイタリアンレストランを開業。

レストランの名前は、当時木村拓哉さんが飼っていた愛犬・ボニータから名前をとった『ラ・ボニータ』。
東京都世田谷区砧にオープンすると、連日ファンが詰めかけ大盛業でした。
1999年11月には神長川県川崎市宮前区鷺沼に2号店を開店。
しかし、一号店の砧店が2005年7月をもって閉店すると、2ヶ月後の9月にも鷺沼店も閉店し、『RISTORANTE いな田』にリニューアル。
リニューアルオープンした「いな田」も、2009年10月まで営業をしていましたが、その後に閉店となりました。
現在は盆栽カフェを経営し好評。一方で奥さんとは別居
木村拓哉さんの父親である木村秀夫さんは、2014年から趣味であった”盆栽”を生かした”盆栽カフェ”を開業させています。

場所は東京都三鷹市で、店名は「小品盆栽 季の風」です。
店内には100種類ほどの盆栽が置かれており、盆栽を楽しみながらケーキやコーヒーが楽しめます。

お店のSNSもあり、そこでは実際にお店に飾られている盆栽などがアップされています。
また、秀夫さんはカフェの経営だけでなく、盆栽の講師としても活動されています。

コロナ禍前までは月1程度は盆栽教室を開いており、地元の盆栽好きの間では有名人でした。
現在の父・秀夫と息子・木村拓哉の仲。工藤静香との結婚で疎遠?
現在では木村拓哉さんは嫁・工藤静香さんと2人の娘と仲良し家族として知られています。
しかし、工藤静香さんと授かり婚をする際、父・秀夫さんは母ともに結婚に反対し、その頃に関係が悪化したとされます。

なんとも、木村さんが売れる前から交際していた彼女”かおりん”さんは両親に可愛がれ、かつて営業していたレストランも手伝うほどの仲でした。

娘のように可愛がっていた”かおりん”さんと別れ、すぐにスターである工藤静香さんと授かり婚というのは、親として心の整理が追いつかなかったのでしょう。
木村拓哉さんは工藤静香さんが妊娠して以降、工藤静香さんの実家で暮らしマスオさん状態。

出産後に夫妻は工藤静香さんの母が住む実家の近くに豪邸を購入し、実の親よりも義親に寄り添うような生活となりました。
結婚後に妻子との様子が週刊誌に書かれたり、間接的に家族の言及をすることがありましたが、父と母に纏わる話題は一才なく、実質”絶縁”のような状態になっていると言われています。
父が息子に「何やってもキムタク」とダメ出し。自宅売却し別居
実の両親との話題が長く皆無だった木村拓哉さん。
2015年5月29日発売「フライデー」で秀夫さんの取材が掲載されました。

週刊誌の取材に答えた父・秀夫さんは、
「拓哉は金太郎飴ですよ。何の役をやっても『キムタク』だよね」
「だから私は稲垣吾郎クンや草彅剛クンのようにいろんな役ができたほうがいいと思います。
今は昔みたいに石原裕次郎のような絶対的ヒーローがいて、みんなが満足する時代じゃない」
「今でも彼なりに自分は本物だと思っているだろうけど、私は彼に落ちるところまで落ちて欲しい。
それでもう一回、ドン底から這い上がってきたら本物だよ。
周りから『こういう役じゃないとマズい』と気を遣われるのではなく、ファンから『嫌なヤツ』と思われるような汚くてズルい役をやってほしい」
と息子の俳優業に大胆なダメ出し。
この頃はSMAPの解散と、原因がキムタクの裏切りとの説が出たばかりの時期で、実の父のダメ出しは重たい一喝でありました。
2016年にSMAP解散、そして両親は90年代に息子に買ってもらった一軒家を売却。

さらに、父・秀夫さんと母・まさ子さんと別居と、ドタバタが続きました。
その後には、次男の俊作さんに不倫スキャンダルが出て、兄弟間でも疎遠になっているという報道が出るなど散々。

現在では父だけでなく、木村家自体がバラバラになっているのでは?と言われています。















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