木村拓哉さんといえば、学生の頃に虐められていたことで知られています。
小学校、中学校は普通に過ごせましたが、高校に進学しSMAPが結成されメディアに出始めると嫉妬の的になってしまったようです。
今日は木村拓哉さんが高校時代に受けたイジメや、転校後の楽しい青春時代について書いてみたいと思います。
木村拓哉の学歴。子供の頃から転勤族で転校ばかり
木村拓哉さんは東京都調布市生まれ、大阪府箕面市育ちと子供の頃から転々。

それは父である秀夫さんが川島織物セルコンの営業職で転勤族だった影響です。

小学校入学前に千葉県千葉市へ引っ越し、そこから高校1年までは千葉県の学校に通いました。
↓木村拓哉さんの学歴は以下のようです。
| 出身小学校 | 千葉市立磯辺第二小学校 |
| 出身中学校 | 千葉市立磯辺第一中学校 |
| 出身高校 | 千葉県立犢橋高校 |
| 出身高校2 | 都立代々木高校※定時制 |
木村拓哉の転校理由はいじめか仕事か。高校1年でSMAPが結成され多忙な生活に
木村拓哉さんは千葉市立磯辺第一中学校を卒業すると千葉県立犢橋高校に進学。
しかし、高校1年生の頃にスケートボーイズに招集され、同年にはSMAPも結成し多忙となりました。
学業と仕事の両立が困難になった為、仕事から近い都内に引っ越し、高校も都内の定時制に編入するということになりました。
木村拓哉さんが高校を編入したのは仕事が多忙になったことが大まかな理由ですが、その他に千葉の高校でいじめに遭っていたことも、転校理由の1つだったようです。
木村拓哉の高校時代のいじめ被害。同級生のマツコデラックスも知っていた?
木村拓哉さんのいじめが初めて語られたのは1996年に非公式で発売された「木村拓哉のおヘソ」という書籍です。

書籍では木村拓哉さんの地元の知人・元友人らの証言を集めた構成になっており、その中に学生時代のいじめ被害が書かれていました。
中学時代の木村さんは運動神経が良く、学級員を務めたこともあるなど目立つ存在。
中学3年の頃にジャニーズに入所し、バッグダンサーでテレビに出るようになり、木村さんは「誰にもいうなよ」とジュニアの活動は親しい友人にしか教えてなかったそう。

高校に進学した後はバスケ部に入部し、比較的に普通の高校生活を送るも、1年生の内にSMAP結成などで芸能活動が学校内で知られ、不良から「でかい顔すんなよ」と目をつけられます。
ある日、母親が木村さんの制服のボタンが取れ、ポケットが破れ、背中に靴の跡をつけて帰ってきたのを見て「どうしたの?」と聞くも、本人は言葉を濁してハッキリとSOSを出さなかったそう。
ここまでが当時「木村拓哉のおへそ」に書かれたいじめの内容です。
2003年に木村拓哉さんが出したエッセイ「開放区」では、”大人数と喧嘩することになった時に、あえて狭い路地を選んだ”という内容。
または、学生時代のイジメと言えば”○○菌”と言ってタッチして逃げる程度というような内容も書かれていました。
当時は大げさないじめを受けていたというより、芸能活動を巡って同級生から嫉妬され揉めた程度の印象でした。
しかし、その後に母親である木村まさ子さんが講演会を開くようになり、そこで当時のいじめの状況を赤裸々に語るようになります。
木村拓哉を待ち伏せして暴力や金銭恐喝。友人にも被害が及ぶ
木村拓哉さんの母親・まさ子さんは90年代にイタリアンレストランを営み繁盛させるなどファンの間でも有名な方です。

2000年代に入ってからは母自身が講演会を開くなどし、そこで木村拓哉さんの幼少期や学生時代のことを語るようになったのです。
2018年の講演会で母親が壮絶ないじめの内容は、
- 地元の不良集団に通学路を塞がれた
- 何度もルートを変えても塞がれ何かやられてしまう
- 暴力だけでなく金銭を要求されるようになった
- やがて友人にも派生し、遂に木村が母に被害を話した。
- 母親が車で送り迎えするようになった
- 学校に相談しても何も対策をしてくれなかった
- 幸いにも木村が子供の頃から習っていた剣道の先生が警察(捜査四課)で対策できた
とのこと。
当時、大津市イジメ事件が起きたばかりの時期だったこともあり、ネット上では「今だったら報道されてる」と同情の声で溢れました。
木村さんが都内の学校に転校した理由に、いじめの問題も絡んでいたことは確かだったようです。
ラジオでいじめ問題について言及した際、「逃げちゃダメとか思わない方が良い」と発言していましたが、それは自身の経験を重ねて発した説得力ある言葉でした。
木村拓哉とマツコデラックスは県立犢橋高等学校の同級生だった
ちなみに木村拓哉さんが1年まで通った千葉県立犢橋高等学校では、タレントとして活躍するマツコ・デラックスさんと同級生でした。

学年は一緒もクラスは違ったということで、あまり濃い交流はなかったそう。
マツコさんは高校時代の木村さんの印象について、
「いるだけでカッコいいけど、至って普通に過ごしていましたよ。
かわいさも残っていましたね、カワイイ~っていう。
今みたいな男らしいっていうよりもかわいいって感じ」
と話していました。
また、木村さんもマツコさんが同じ高校ということは知っていたようですが、誰がマツコ・デラックスになったかわからないと話していました。
在学中の交流は2回ほどで、いずれも自転車の駐輪場で、共通の友達を介してちょっと喋っただけだったそう。
マツコさんは木村さんが当時受けていたいじめに関しては言及されたことはありません。
当時は木村さんの友人にまでイジメが派生していたということなので、在学中の生徒たちの間で情報が共有されててもおかしくありません。
そこはマツコさんなりに触れないように気を遣っているのかもしれませんね。
木村拓哉は編入した代々木高等学校では中居正広と一緒
木村拓哉さんは高校2年から同じSMAPの中居正広さんと共に、東京都世田谷区にある定時制の代々木高等学校に編入。

編入の入試の際、木村さんは後ろの席にいた中居さんに答案用紙をわざと見せてカンニングさせてあげたそうです。
2人揃って合格すると、同じクラスで学校生活が始まりました。
木村さんは定時制高校の方が肌に合っていたようで、エッセイ「開放区」では転校後の方が個性的な友人が多くて楽しかったと綴っています。

私服での登校だったことから、毎日着ていく服のことばかり考え、この頃にファッションのことを色々学べたそう。
木村さんの単位が危なくなると、友人らで協力して木村さんにモーニングコールをかけて助け、放課後には中華料理を食べに行ったりゲーセンで遊んだり、普通の青春を過ごしました。
同じ高校出身の鈴木蘭々さんは、当時の木村さんが常に3メートル後ろにファンの行列を従えて登校していたと話しており、駅前にいる女性の数で木村さんがその日登校するかどうか分かったそう。
文化祭の際は教室にファンが殺到し退出できなくなり、中居さんと一緒に窓の外から飛び降りて脱出したというエピソードもあります。
代々木高校時代の木村拓哉は優等生!率先してクラスをまとめ行事にも積極的
木村拓哉さんは定時制高校に転校して以降、青春を満喫。
2024年に出演した「しゃべくり007」では、当時の木村さんの担任の西尾理先生が登場しました。

木村さんはみんなのまとめ役にもなる優等生で、先生は何度も木村さんに助けられたそう。
SMAPが人気になって多忙になっても、学校行事にも頑張って参加。
また、修学旅行にも駆けつけてくれ、みんなで楽しく過ごせたそうです。
西尾先生は卒業式の時に木村さんに「よく頑張った」と言ってあげたかったそうですが、言えず、出演した番組の中でようやく伝えることができたみたいです。
放送後、木村さんのファンは、最初の高校で酷い想いしてるのを知ってるだけに、転校先では友人に囲まれて良い青春を過ごしていたこと事実にホッとした反応でした。
実は仕事でも嫌な先輩に虐めらていた?
木村拓哉さんがいじめを受けていたのは学校生活だけでなく、ジャニーズの仕事でも同じだったとの噂があります。

当時、SMAPは光GENJIのバッグダンサーの仕事をすることが多かったのですが、光GENJIのメンバーは自分らより男前な木村さんに意地悪をしていたのです。
SMAPのメンバーが光GENJIの先輩に食事に誘われる仲、木村さんだけ声が掛からないということもあったそう。
ある時に稲垣吾郎さんが「木村くんが行かないなら僕も行かない」と駄々を捏ねて木村さんを守ったこともあったそう。
当時活躍していた「男闘呼組」のメンバーらは意地悪されている木村さんに気付き、声を掛けて食事に誘ってくれたり遊んでくれたそう。

以降、木村さんは男闘呼組の慕うようになりました。
木村さんがSMAPとして活躍するようになった頃、愛想笑いをしなかったのは、男闘呼組の影響だと言われています。
自分を仲間外れにした光GENJIのような、”表ではチャーミングでも裏では意地悪”という、腹黒いアイドルになりたくないという反動もあったと思われます。














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