歌手の長渕剛さんといえば、過去2回の結婚を経験しています。
初婚の相手は女優の石野真子さんで、当時はトップスター同士の結婚だったということで世間でも大きな話題となりました。
しかし、長渕剛さんと石野真子さんの結婚生活は長く続きませんでした。
離婚の理由を巡っては、長渕さんの暴力があったのでは?と不穏な噂も流れていました。
今日は長渕剛さん石野真子さんの馴れ初めと結婚、そして離婚するまでの結婚生活など、わかっている範囲で整理してみたいと思います。
長渕剛と石野真子の出会いはラジオ。共演時に公開ナンパ!キューピットは秋元康
長渕剛さんと石野真子さんの馴れ初めは1980年のラジオ番組での共演です。
当時、石野真子さんは人気絶頂のアイドル、一方で長渕剛さんは売れ始めたばかりのフォーク歌手という立場でした。

長渕剛さんは売れる前から石野真子さんのファンで、初期のライブでは「いつか石野真子を嫁にする」と宣言していました。※ある曲の歌詞を勝手に”真子”に置き換えて歌っていたとか
長渕さんはラジオ番組の構成作家だった秋元康さんに頼み込み、なんとか石野真子さんの出演をセッティング。
1979年の秋には長渕さんのラジオに石野真子さんが出演してくれるようになり、石野さんの前で弾き語りを披露したり、徐々に仲良しになっていきます。
ある回では長渕さんが石野さんに、
「歌の中で、俺が質問したら”うん”と言ってね」
とギターを弾き始め、
長渕「好きかい?」石野「うん」長渕「好きかい?」石野「うん」
↑こんなことをやり取りを繰り返すなど、ラジオで公開ナンパ。
机の下から自分の番号を渡すなど猛アタックしたのです。
その後、すぐに交際に発展していき、なんと交際してわずか2週間後の1981年5月1日にプロポーズ。
石野真子さんは好きと言われ好きで好きになってしまったとして、プロポーズを受け入れラブラブでした。
そして、1981年9月には入籍を発表しました。

当時、長渕剛さんは25歳で石野真子さんは若干20歳の若さでした。
その頃には長渕剛さんは「順子」をヒットさせ一流のフォークシンガーとなっていましたが、まさか5歳年下のトップアイドルと結婚とは想像もできない組み合わせでした。
石野真子は結婚と同時に芸能界引退。ハワイでの盛大な挙式
長渕剛さんと石野真子さんは1981年年9月に入籍、そして翌年1982年1月22日にはハワイで挙式。

長渕剛さんと石野真子さんの結婚式は多くのメディアに報じられました。
石野真子さんは結婚に従って芸能界を引退。
なんとも、長渕さんは自分の嫁には家庭に入って欲しいと考えており、石野真子さんも専業主婦になることが夢だったそうです。

ウエディングドレスを着るのも石野真子さんの夢だったようで、ハワイの挙式で豪華なドレスに身を包み、幸せの絶頂でした。
プレゼントしたトレーナーやダイヤの指輪が紹介されるなど、メディアを通じてラブラブぶりが伺えました。
その一方で、石野真子さんは1978年にデビューし、多くのファンを獲得し、本来アイドルとしてはまだまだこれからという時期。
若干3年の活動での引退に当時は多くのファンが悲しみに暮れました。
長渕剛と石野真子のスピード離婚。理由に嫁姑問題や暴力が憶測される
結婚後から、長渕さんが石野さんに暴力を振るっているという噂が流れるようになりました。
結婚当初から長渕さんは「亭主関白にはなると思う」と宣言しており、実際の結婚生活も亭主関白そのものだったそう。
また、同居する長渕さんの義母と石野真子さんが上手くいっていないという報道も出ました。
長渕さんは引退した真子さんことを記者に聞かれると「元気にしてるよ!」とは答えていましたが、結婚生活の実情は全く見えませんでした。
その後、結婚から1年9か月後の1983年5月には離婚を発表しました。
僅か1年7ヶ月で離婚したということになります。
当然、2人の間に子供は生まれませんでした。
離婚理由の詳細は本人らからは語られていませんが、その後に石野真子さんが「すれ違い」と言及し、その言葉の中には不倫などの意味もあったのでは?と憶測されました。
実は結婚式の時点で長渕さんが真子さんに「バ⚪︎やろう!」と怒鳴っている姿も目撃されており、当初から不穏な空気が漂っていたのです。

転送元:アメブロ
義母が寝込んでる時に石野さんがキッチンで鼻歌を歌って料理、その際に「母親が寝込んでいるのが、そんなに嬉しいのか!」と頭を引っ叩いたという話などもありました。
離婚したのは1982年5月ですが、実は2ヶ月前の3月には長渕さんの自宅を飛び出し、親友・浅田美代子さん&吉田拓郎さんの自宅に身を置いていたのです。
このことから、当時から世間一般的に別れた原因は、
- 長渕剛の行き過ぎた亭主関白?
- 家庭内暴力があった?
- 長渕剛の不倫?
↑この辺りの印象を持っている方がほとんどでした。
世間が思っている離婚理由は間違い?実際はもっと複雑な事情があった可能性
離婚後、長渕さんはラジオ「スーパーギャング」で「菊池桃子が好き」という男リスナーに対し、
「菊池桃子に会ったことあるが普通の娘だった」
「アイドルなんて憧れるだけでいいんだ」
と、アイドルに対してネガティブな言動をされており、若い女性やアイドルには懲り懲りしてる様子でした。
冷静に考えてみれば、結婚当初の石野真子さんは20歳で、長渕剛さんは25歳。
離婚の理由は長渕さんだけでなく、アイドル一筋で子供のまま結婚した石野真子さんが主婦に適応できていなかった背景も十分に考えられます。
実際に、長渕さんが再婚した相手は1歳年上の志穂美さんです。

志穂美さんとは結婚当初からラブラブな印象はありませんでしたが、渋くもお似合いな2人で、再婚後は長く結婚生活が続きました。
世間的にはi石野真子さんとの結婚の失敗の原因は、ほとんどが長渕さん側にあると思われていますが、実際はもっと複雑な事情があったと考えられます。
長渕剛は石野真子との離婚後に苦しんでいた
長渕剛さんは2017年8月21日にラジオ番組「伊集院光とらじおと」に出演。
ラジオの中で伊集院光さんから歌手としての転機を聞かれていました。
長渕さんは俳優を経験したことを挙げながらも、
「それで1つ目の幸せが壊れた。離婚をしたっていうのも大きかったし」
「やっぱり愛した人と添い遂げられなかったというのはどんな人でもキツイからね。苦しいからね」
と、まさかの石野真子さんとの離婚を持ち出しました。
長渕さんは石野さんとの離婚後に傷つき、その頃の辛さが後の歌手人生の転機になったと語ったのです。
遠い昔のことで、サラッと流してると思われがちですが、実際は最初から最後まで長渕さんなりに石野さんのことを大切にしていたと思われいます。













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