Sugar・モーリの経歴と死の真相。旦那の出張中に死産し取り乱す

80年代前半
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80年代に活躍した女性3人組グループの「Sugar」。

1987年に人気が衰えないまま解散を選択し、3人のメンバーはそれぞれの道を行きました。

しかし、解散の2年後にメンバーの1人である”モーリ”が29歳の若さで死去

亡くなった際の詳細が明かされず、長く死の真相は謎のままでした。

今日はSugarの”モーリ”さんの解散後の様子と、これまでに明るみになっている当時の状況について整理してみたいと思います。



モーリは子供の頃からしっかり者。高校時代からプロを意識していた

モーリさんの本名は毛利公子(きみこ)さん、芸名の由来は本名そのままです。

1960年9月29日に神奈川県横浜市に生まれ育ち、高校までずっと横浜です。

シュガーではリーダーとしてバンドを牽引しましたが、中学生時代も生徒会の役員と生粋のしっかり者です。

高校時代にはプロのミュージシャンになると決めており、当時から周囲とは良い意味で温度差のある生徒だったようです。

芸名 モーリ
本名 毛利公子(結婚後は”徳本”)
出身地 神奈川県横浜市
生年月日 1960年9月29日
没日 1990年4月7日
血液型 O型
身長 162センチ
出身中学 横浜市立寺尾中学校
出身高校 神奈川県立鶴見高等学校
趣味 プロレス鑑賞・相撲鑑賞

料理研究家の重野佐和子がモーリと同じ高校の同級生。勧誘の第一声は「プロになる気ある?」

モーリさんは神奈川県鶴見高校に進学すると軽音楽部に入部。

軽音学部では「S.O.S」でバンド活動。

料理研究家の重野佐和子さんは同じ部活に所属しており、後にモーリさんとの出会いを「まるで別格の人に出会ったようだった」と語っています。

モーリさんのバンドに勧誘された重野さんは呼び出されたカフェに行くと、そこで待っていたモーリさんに「プロになる気ある?」と言われ誘われ驚いたそう。

当時のモーリさんは人生観が大人びていただけでなく、恋愛観もしっかりしており、とても同じ高校生とは思えなかったそうです。

高校を卒業した3年後にはシュガーでブレイク

モーリさんは高校生にして3人組音楽バンド「かりんとう」の活動を開始。

1977年の第14回ヤマハポピュラーソングコンテストの地区大会に出場すると、同バンドで演奏したオリジナル曲『フライ』で優秀作品賞を受賞します。

その後に同じ中学のクミと「杉山清貴&オメガトライブ」の前身バンドである「きゅうてぃぱんちょす」結成。

メンバーが1人脱退したのを機に、親交のあったミキを誘い「シュガー」が結成され、21歳の1981年にデビュー。

翌年1982年には紅白歌合戦に出場とブレイク。

ドラマ、バラエディ、ラジオと活躍の場を増やし、可愛くて控えめでも芯のあるモーリさんは人気でした。

また、ヒット曲「ウエディング・ベル」の有名な歌詞「くたばっちまえアーメン」の部分を歌っていたのがモーリさん。

シュガーで最も有名な曲の見せ場を持っていたいたモーリさんは目立った存在でした。

その後、楽器を持たないコーラスグループに方向転換し、デビューから解散する1987年までの6年間、モーリさんはリーダーとしてグループに貢献しました。

モーリは解散後に会社員と結婚。死産後に本人も死去

シュガーは1987年に解散。

解散の理由に”音楽性の違い”と言われることがありますが、1987年にクミさんが結婚し妊娠したことでの”一時的解散”だったことが分かっています。

解散後のモーリさんはクミさんに続いて1988年6月に一般人の会社員・徳本純一さんと結婚

旦那・純一さんは海外出張もする多忙な会社員だったことから大企業務めだったと思われます。

モーリさんは結婚後もラジオリポーターとしての仕事を続けました。

そして、1989年にはモーリさんの妊娠が発覚、第一子の出産予定は1990年4月でした。

クミとランチ後に陣痛。病院で死産し取り乱し本人も死去

モーリさんは1988年に結婚し、1998年に妊娠、1990年4月に出産を控えていました。

しかし、1990年4月6日に死産してしまい、その翌日の4月7日にモーリさんは29歳の若さで死去されました。

赤ちゃんの死因は「常位胎盤早期剥離」や「妊娠時高血圧症候群」と言われています。※現代医学でも25%の珍しい割合で原因も不明

一方で、長くモーリさんの死の詳細は不明とされています。

”謎の死”として暗いイメージが付き纏い、シュガー関連のネタ自体がタブーの雰囲気が続きました。

しかし、モーリさんの死から30年後の、2020年3月13日。

シュガーのメンバー・クミさんが出演した「爆報!THEフライデー」の中で、亡くなる前後のやり取りを語り、タブーが解禁され話題となりました。

クミはモーリが亡くなる2日前にランチしていた。死去後に妹の電話で駆けつける

クミさんは2020年3月13日に出演した番組の中で、モーリさんが亡くなる前のやり取りと、死去後のことについて話しました。

モーリさんの出産予定日付近である1990年4月5日のお昼、クミさんとランチしていたそう。

翌日の1990年4月6日の夕方頃に陣痛がきて、病院に向かうことになり、この際にモーリさんは電話でクミさんに「陣痛があったの。これから病院に行ってくる」報告

この時、夫の純一さんはオーストラリアに海外出張しており、モーリさんの出産には立ち会えませんでした。

クミさんは幼馴染で仲間でもあるモーリさんの出産を「いよいよだ」と心待ちにしていました。

しかし、次に電話が掛かってきたのは、12時間後の7日朝

電話の相手はモーリさんの妹。

なんと電話口で「お姉ちゃんと赤ちゃんが…」と母子共に亡くなったことを知らされました。

クミさんが病院に駆け付けると、モーリさんはすでに霊安室におり、クミさんは現実が受け入れらなかったそう。

番組ではここの部分の回想で涙を流しており、特に当時のクミさんは出産したばかりの赤ちゃんを育てるお母さんという身でもあったことから、相当に苦しかったことが伺えます。

当時のクミさんがモーリさんの親族から聞いた話だと、6日に陣痛が来て病院に向かう連絡をもらった後に病院で診察。

モーリさんは病院で妹と合流し診察を受けますが、「赤ちゃんの心音がない」と医師から言われ、病院に駆け込んだ時には既におなかの赤ちゃんは息をしていなかったことが発覚。

医師はモーリさんの精神面や母体のことを考え、入院してお腹の子は翌日対処すること。

モーリさんの妹は姉のことを心配して病院に一緒に付き添いますが、モーリさんは取り乱し、ずっと号泣。

夜中2時頃、ずっとすすり泣いていたモーリさんの身体に異変が起き、モーリさんが息をしておらず、妹が慌てて医師に報告。

モーリさんは入院中の産婦人科から別の救急救命病院へ搬送されるも、助かりませんでした

名曲の歌詞「くたばっちまえアーメン」の歌詞と共にモーリの死はタブー視

当時、医師もモーリさん死因が分からない状態

彼女の死因については病名などさまざまな憶測が流れ、関係者も深く言及したがらない為、現在も死因の詳細は明らかになっていません

その後、1981年のデビュー曲「ウエディング・ベル」の象徴的な歌詞「くたばっちまえ!アーメン」の部分を歌っていたのがモーリさんだったこと。

さらに曲のテーマが”振られた元カレの結婚式に招かれた女の恨み辛み”だったこと。

また、騒動後にシュガーのメンバーであるクミさんとミキさんも表舞台から姿を消したことから、モーリさんの死は冗談にもできない闇深い印象が付きました。

モーリさんの死から30年経って番組で知る限りを告白したクミさんは、

「モーリが亡くなって30年たって、悲しいという否定的な部分が一人歩きしてしまう。

死んだという悲しみじゃなく、モーリのことは辛く思わないでほしいなって」

と、モーリさんに対して暗くて辛いイメージを持ち続けないで欲しい心境を訴えました。

シュガーはメンバー3人の子育てが落ち着いたら再始動するはずだった?

シュガーはあくまでクミさんの結婚と出産がきっかけで一時的に活動休止をしていただけです。

モーリさんがクミさんを追うように結婚して子供を授かったのも、いつか活動再開を意識してのこと。

実際にシュガーの解散後、モーリさんの口から「また再結成しようね」という言葉があったことが確認されています。

メンバー全員がお母さんになって、子育てが落ち着いた頃に再結成する構想があったと考えれます。

全員が母親の顔になって新しいシュガーを再構築する未来があったと考えると、モーリさんの死去後にクミさんとミキさんが業界から消えたのも納得ですね。

もう、3人が同じステージに立つことは叶いませんが、暗い都市伝説よりも楽しく活動して笑い合っていた頃を回想して称えてあげれば、3人やファンの思い出も報われることでしょう。

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