サザンオールスターのフロントマンでメインライターでもある桑田佳祐さん。
同じサザンのメンバー・原由子さんと夫婦であること有名です。
長寿バンドのオリジナルメンバー同士が婚姻関係であることは日本音楽史の中でも稀です。
桑田夫妻がいつどこで出会い、交際し、どのタイミングで結婚したのか、気になる方も多いと思います。
今日は桑田佳祐さんと原由子さんの馴れ初めと結婚に至るまでの逸話を書いてみたいと思います。
桑田佳祐と原由子の出会いは青山学院大学時代。初対面の印象は最悪
二人の出会いは1975年春、大学時代にさかのぼります。
二人はともに青山学院大学の学生で、桑田佳祐さんは原由子さんの1学年上で商学部。
原由子さんは桑田佳祐さんの1学年下で文学部英米文学科でした。
原さんは洋楽、特にEric Claptonの大ファンで、クラプトンの曲を演奏する軽音楽サークルがあると聞き説明会へ参加。
そこでギターを弾いていた桑田さんと初めて出会いました。
初対面の印象は最悪で、当時の桑田さんはリーゼント姿でワイルド気取り。

当時の桑田さんはデヴィッド・ボウイを意識してそんな格好をしていたそうですが、全く似てなく、高圧的でいじめっ子っぽい雰囲気があったとか。
原さんは後にテレビ番組で桑田さんとの初対面について、「あの人には近づかないようにしようと思いました」と語っています。
一方で桑田さんの方は、”クラプトン好きの女の子が入部した”と原さんのことを事前に聞いており、原さんを発見次第「クラプトンが好きなんだって?」と自ら話しかけたそう。
お嬢様育ちの18歳の女の子が、いきなりリーゼントの男に絡まれたら怖いのも当然、印象が悪いのも納得です。
出会った当時の桑田佳祐は原由子の美人の友人”ノリ”が好きだった
青学の軽音サークルで先輩と後輩の関係になった2人。

すぐに交際に発展したのかと思えず、全然違うようです。
なんとも、面食いな桑田さんは原由子さんの美人な友人”ノリ”のことが好きだったのです。
この原さんの友人の”ノリ”は広島県出身で生粋の音楽好き、入学当初から原さんと意気投合した友人です。
初対面でクラプトンを使って話しかけたのも、原さんが一緒にいた美人のノリが目当てで、その時も2人の間に勝手に座るという横柄さでした。
菊名に住んでいるというノリに対して桑田さんは「奇遇だ!俺も東横線で帰るんだ」など口説こうとするも撃沈。
一方で桑田さんは原さんの音楽的才能に惚れ込み、ちょっとしたバンドを組む際は必ず声を掛けるなどお気に入りとなりました。

原さんも第一印象こそは悪かったものの桑田さんの音楽センスを認めており、お互いに尊敬し合える良い音楽仲間という関係になっていました。
桑田が雑魚寝中に原由子の胸をさりげなく触って険悪になり謝罪を兼ねて「好き」と告白
ともに同じバンドのメンバーになった桑田佳祐さんと原由子さん。
桑田さんが20歳の頃の失恋した際も、原さんは近くで見届けていたなど良い友人関係ともなっていました。
やがて、桑田さんは原由子さんに惹かれていくようになり、原さんも重たい機材を軽々しく運んでくれる桑田さんの優しい一面に惹かれていきました。

やがて、桑田さんは原さんの気持ちに気付きはじめ、原さんも気持ちが桑田さんにバレているのを自覚していました。
交際に至った理由は、桑田佳祐さんの不器用過ぎるアプローチです。
なんとも、バンドメンバーと一緒に雑魚寝をしていた時に、桑田さんがさりげなく原さんの胸を触ったのです。※両想いの確信があった時期
これに原さんは激怒し、帰りの電車の中でも一言も喋らなくなってしまう事態に。
普段はちょっとした冗談も笑って許しくれる原さんが真剣に怒っていることに動揺した桑田さんは、遂に「実はお前の事が好きだから、だからああいう事もついしたくなっちゃったんだよね。」と告白。
そして、よくやく桑田さんと原さんは交際に至ったのです。
交際スタート時は桑田さんが21歳で、原さんは20歳でした。
桑田から原由子に別れ話。その後に泣きながら電話しプロポーズ
1977年にサザンオールスターズが結成され、原さんはキーボード兼ボーカルとして加入。
1978年には「勝手にシンドバッド」で注目を浴び、期待の新人バンドとして大忙しでした。
桑田さんと原さんの交際は順調に見えましたが、サザンが売れていくほどに2人の時間は減っていきました。
大学在学中にデビューしたということで、学業の方がバタつき、桑田さんは除籍。
大学除籍後もメジャーで契約してるアルバムやライブの契約に追われ、メインライターの桑田さんの生活はカオス状態。
原さんも”絶対に青学を卒業したい”と、忙しいスケジュールの傍ら親友”ノリ”に授業を写してギリで単位を取るなど、お互いに余裕がない時期でもありました。

メインライターである桑田さんは世間から”天才”と評され脚光を浴び、原さんは「桑田さんが遠くに行ってしまう」と、常に不安を感じたそう。
その頃、原さんは桑田さんの気持ちを試すかのように、わざと無理なお願いやワガママを言うなど、桑田さんのことを困らせるようになりました。
それはサザンの活動にも影響を与え、あるレコーディングで桑田さんがいつものように「もっとこうしよう」と指示を出すと、原さんが「やってるわよ!」と反論し、その後に泣いて謝罪するという一幕もあったそう。
桑田佳祐が原由子の家を訪れ別れ話。翌日にプロポーズ
サザンのデビュー後から、桑田さんと原さんの仲は遠ざかっていきました。
ある夜、桑田さんは原さんのアパートに訪れ、「他に好きな人ができちゃったんだ」と別れ話を切り出しました。
原さんは桑田さんに振られることを予感しており、最後は笑顔で別れるつもりでしたが、いざ別れ話を切り出されると自然に涙がこぼれました。
お互いに涙を流しながらの別れ話となり、桑田さんは「明日も仕事があるから迎えに行くけど」「お前ちゃんと俺の助席に乗るんだぞ」と号泣。
最後は握手をして別れましたが、桑田さんは帰宅後も原さんに電話。
桑田さんは原さんに「大丈夫か?」と聞き、原さんも「大丈夫、けいちゃんも元気出して」と、一晩中お互いに泣きながら励まし合いました。
翌朝、桑田さんは約束通りに仕事のために原さんアパートまで迎えに来ました。
その際、桑田さんは原さんの顔を見るなり、
「結婚しよう!ずっと一緒にいよう!」
と、まさかのプロポーズ。※プロポーズは迎えの車中という説もあります
こうして、2人はめでたく夫婦になりました。
ファン2000人を招いてのお祭りのような結婚式
1982年の1月にはサザンのライブの中で婚約したことをファンに発表。

それから1ヶ月後の2月28日には東京・芝の東京プリンスホテル鳳凰の間にファン2000人を招いて盛大な結婚式を実行。
紋付き袴姿の桑田と白無垢に打ち掛けの原が神輿に乗って入場し、乾杯の音頭は南こうせつ、タモリがスピーチ、ラッツ&スターら音楽仲間からの祝福メッセージも超豪華。

式中には名曲「いとしのエリー」を来場者みんなで大合唱するなどライブのような超個性的な結婚式でありました。
プロポーズ数日後に桑田佳祐が書き上げたのが「いとしのエリー」?
1979年に発売されたサザンの名曲「いとしのエリー」。
この曲の誕生に関しては、”原由子さんの為に作った説”と、”姉・えり子さんの為に作った説”の2つが存在します。
有名なのは桑田さんが原さんにプロポーズした数日後に、「新しい曲ができたよ」と電話越しに歌い出したの、「いとしのエリー」だったという逸話。
同曲は桑田さんが婚約したばかりの原さんのために作った曲との認識が一般的です。
しかし、その一方で”あの曲は義姉のために作った曲”と見るファンも多数います。

桑田さんの義姉の”えり子さん”は、父が桑田さんの母・昌子さんと出会う前に別の女性との間に生まれた子供で、桑田さんとは腹違いの姉でした。

親に代わって幼い桑田さんに子守唄としてビートルズを歌ってあげるなど姉以上母未満の特別な存在でした。
「いとしのエリー」の”エリー”を義姉と解釈することもでき、「”いとしのエリー”のモデルは義姉のえり子だ!」との声も多くあるのです。
しかし、桑田さんは義姉は語られるより普通の姉で、「そんなよそよそしい女ではない」「僕はただの手下だった」と過剰な兄弟愛の逸話を否定。
また”エリー”という人物名も、たまたま口ずさんで出てきただけで、実在する女性はないとしました。
これらの情報を加味して考えると、やはり原由子さんの為に作られた説の方が強いように感じます。
桑田佳祐と原由子の結婚生活と現在の夫婦仲。不倫と無縁
1982年に2人は結婚しますが、すぐに子宝には恵まれませんでした。

転送元:X
実は原由子さんは結婚する2年前の1980年に卵巣のう腫で左側卵巣の摘出手術を受け、卵巣の1つを取り除き妊娠しにくい体質になっていたのです。
1985年に待望の妊娠、桑田さんは大事をとって早期に原さんに入院してもらい、出産関連の本を読み漁って備え、ちょっとした買い物にも一緒に行くなど過保護なほど原さんをサポートしました。
第一子が生まれたのは1986年の桑田夫妻が30歳の頃。

転送元:X
長男の祐宜(ゆうき)さんが無事に誕生すると、桑田さんは「由子は偉大だ」と何度も感謝の気持ちを伝えました。
2年の1988年には第二子の次男・洋輔さんが誕生しました。
| 名前 | 生年 |
|---|---|
| 桑田祐宜(ゆうき) | 1986年2月10日生まれ |
| 桑田洋輔(ようすけ) | 1988年生まれ |
桑田さんは原さんとの間に2人の子供が生まれていることになります。
兄弟揃って桑田夫婦と同じ青学系列の学校に通いました。

長男が歌手デビューする際は、2世公表に消極的だったり、愛を持って厳しく育ててきたことが伺えます。
それぞれの時間を尊重しながら困難な時は支え合う
桑田佳祐さんと原由子さんは現在までにおしどり夫婦として知られています。
女好きなイメージのある桑田さんですが、なんと一度も女性スキャンダルに遭っていません。
2010年、桑田さんが食道がんを公表した際には、原さんが献身的に支え、治療を乗り越えたことでも夫婦の強い絆が知られるようになりました。

転送元:アメブロ
その後も“がん再発防止のための体力づくり”を夫婦で実行、現在までにジョギングを始めた桑田さんに原が伴走している姿や夫婦でボウリング場に通うことが習慣になっていたりと、夫婦仲の良さは健在です。
今でもお互いを一人の音楽家として尊敬し合い、夫婦であっても仕事と家庭の距離感を大切にしているようです。
必要以上に干渉せず、それぞれの時間も尊重していますが、病気や困難な時期は支え合いなど、理想の夫婦として憧れられています。





























コメント