島倉千代子と細木数子の関係。借金13億を弱みに搾取し確執。没日が同じ縁

60年代
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昭和を代表する歌謡歌手であった島倉千代子さん。

2013年に75歳で亡くなるまでに3度も大きな借金を背負うなど、波瀾万丈な歌手人生でした。

1度目は1963年に25歳で結婚した夫・藤本勝巳(阪神の選手)の7000千万、2度目は1975年の連帯保証人関係での16億、3度目は2007年の事務所スタッフの裏切りによる億単位の負債。

2度目の借金を巡っては、意外な人物との繋がりがあります。

それは2021年に83歳で亡くなった占い師・細木数子さんとの関係です。

今日は島倉千代子さんの借金と、細木数子さんとの過去の関係について整理してみたいと思います。



島倉千代子は1975年に恋人で眼科医の守屋氏に印鑑を貸し多額の借金を背負う

島倉千代子さんが細木数子さんと関係を持つきっかけになった巨額の借金

そもそも、なぜ島倉千代子さんは巨額の借金を背負うことになったのか?

きっかけはある眼科医との出会いから始まります。

1962年7月の当時24歳だった島倉千代子さんが、ファンの投げたテープの芯が目に直撃し、失明寸前の大けがを負いました。

その時に治療を担当したのが眼科医の守屋義人氏でした。

守屋さんと出会った当時、島倉さんは元阪神選手の夫・藤本勝巳さんとの離婚問題で揉めていました。

島倉さんは恩人である守屋さんを信頼し、悩み事があると相談する仲となり、やがて守屋さんと真剣交際を始めました。

恋仲となった守屋さんは眼科医のかたわら、不動産業を営む実業家という側面もありました。

守屋さんの資金繰りが悪化し借金を背負うと、島倉さんは「私にできることがあったら手伝わせてください」と申し出て定期預金5000万円を解約し、守屋さんの借金のアテにしました。

しかし、守屋さんが抱える負債は5000万円だけで乗り切れる額ではなく、「実印を貸してほしい」と頼まれ、貸してしまうことに。※美空ひばりさんには実印貸しは止められていたそう

結局、不渡りを出して会社は倒産し、守屋さんは蒸発。

島倉千代子さんは総額で4億3000万円にも及ぶ借金を背負うことになります。

また、面識のない人たちの保証人に実印が使われており、借金は雪だるま式に膨らみ、総額13億円という莫大な金額に達しました。

その後に守屋さんは蒸発、島倉千代子さんは政治ブローカーの安部正明宅に居候するようになります。

細子数子と島倉千代子の出会い。借金を13億から3億に減らし肩代わりし”母”と慕う

島倉千代子さんは安部正明宅に居候しながら歌手活動を続けていました。

ある時、新宿コマ劇場で公演を終えた島倉さんが、大勢の債権者に取り囲まれてしまいます。

その時、島倉さんが居候していた安部邸で麻雀をしていたニ率会会長代行小金井一家八代目総長堀尾昌志総長の耳に入り、島倉千代子を救出することに※当時の新宿一部を仕切っていた組の大幹部

この際、堀尾昌志総長は“カタギじゃない俺が行くとコマ劇場に迷惑がかかるからウチのにやらせよう”として、内縁の妻であった細木数子さんにコマ劇に向かわせたのです。

細木数子さんは債権者を自分が経営するクラブ「艶歌」に集めました。

テーブルの上に3億円の現金を積み上げ、債権者たちに「あんたはいくら貸したんだ」「実際に借りた金より膨らんでいるじゃないか」と詰めたのです。

そして、13億円にまで膨らんでいた借金を3億円でチャラにしてしまったのです。

その後、島倉さんは細木さんを「細木のママ」と呼んで慕い、「借金を肩代わりしてくれた大恩人」として深く信頼するようになったのです。

ちなみに島倉千代子さんは1938年3月30日生まれで、細木数子さんは5日後の1938年4月4日生まれ。

学年的には島倉さんの方が細木さんよりも1学年上、年齢的には誕生日が5日しか違わないほぼ同級生でした。

細木数子は島倉千代子の興行権を握りプロダクションを設立し荒稼ぎ

借金の利息の減額と3億円の肩代わりと、ここだけ見ると美談です。

しかし、この話が凄いのはここからです。

細木さんが借金を肩代わりしたことで、島倉さんの債権者は細木さんに移り、島倉さんの興行権も細木さんが握ることになったのです。

そして、細木さんは1977年3月に芸能プロダクション「ミュージック・オフィス」を設立し、「光星龍」という名前で社長に就任。

細木さんは島倉さんのマネージャーも務め、レコード会社の関係者や作詞家・作曲家たちは細木さんを恐れて島倉さんに近づけなくなり、新曲を出すこともままならない状態となりました。

大歌手・島倉千代子を場末で歌わす

細木数子さんに興行権を握られて以降、大舞台からは姿を消し、その代わりに地方の場末で歌う営業ばかりとなりました。

大歌手である島倉千代子さんがキャバレーやクラブで営業、最初は肩代わりしてもらった3億円分働けば状況が変わると思われました。

実際は、細木さんから「てめぇ」「コノヤロー」「明日の命だよ」「死ぬ気でやれ」とヤクザ口調で脅され、何年も馬車馬のように働かされたのです。

当時の島倉さんの年間出演料は2億2000万円で、1年強で細木さんへの負債は返せたはずですが、3年間働いても借金は減るどころか増えていました。

細木さんは島倉さんの負債額を、その時々で2億4000万円、4億3000万円、12億円、13億円、16億円と、言い分を変えていたとされています。

3年の間に、相当な額をピンハネされていたと考えられます。

救出されるも生前は最後まで細木数子を許さなかった

終わりことのない細木数子さんへの借金返済とキャバレー営業の日々。

当時の島倉千代子さんは友人らに「働いても働いても借金は減らないし、こんなに働いているのに私には何も残らない」とSOSを出していました。

そして、島倉さんに救いの手を差し伸べたのは疎遠になっていた所属レコード会社の日本コロムビアでした。

1981年頃、日本コロムビアが細木さんから島倉さんの興行権を取得することになります。

細木さんへの借金は4年で2億円を返し、「あと1億返したら自由にしていいよ」と言われ、コロムビアに泣きついたのです。

その際、細木さんはコロンビアに「借金の決着をつけたのは私なのに礼はないのか。1億円くらいもらっても罰は当たらないよ」と、借金返済の1億円に加えて礼金1億円の合計2億円を要求

結局、日本コロムビアが2億円を立て替える形で、島倉さんの興行権を取得。

ようやく細木さんとの関係を断ち切り、蟻地獄のような日々から脱出することができたのです。

80年台の終わりにはシングル「人生いろいろ」が130万枚を超えるヒットし、各々の借金をスッキリさせ、”返済会見”を開きました。

「次からは借金するなら自分のためにしたい」と笑顔を見せていました。

島倉千代子と細木数子のその後と現在。「法律が許してくれるならば、この手で刺したい」

細木数子さんがメディアに出始めた頃、六星占術は大ブーム。

その頃、ネット情報も弱い時代だっただけに、世間は20年以上前の細木数子さんと島倉さんの過去は忘れていました。

また、島倉千代子さんは時の人となった細木数子さんに対して何も言及しない姿勢を貫きました。

ある時期に細木数子さんの過去を整理した記事が出ると、世間は島倉さんへの仕打ちに驚きました。

しかし、2005年の著書「島倉家 これが私の遺言」の出版記念会見で、島倉さんは目に涙を浮かべながら、ある憎き人物について、

「法律が許してくれるならば、この手で刺したい」

と言及し、今となっては細木数子さんに向けての言葉だったと言われています。

島倉千代子と細木数子のその後。2人は同じ”11月8日”に死去

島倉千代子さんは2013年11月8日、肝臓がんのため75歳で逝去しました。

島倉さんは亡くなる6年前に事務所の関係者の裏切りで再び負債を背負い、一時期はパチンコ業界との仕事が盛んでした。

それでも亡くなったときには4億円の現金と有価証券などが遺されていました。

亡くなる前に病室にスタジオを作り、1人で生き甲斐だった歌を歌い、最後の最後で豊な人生を取り戻せていたようです。

そして奇しくも、それから8年後の2021年11月8日(同じ日)、細木数子さんも呼吸不全のため83歳で逝去

二人は同じ日に天国へと旅立ったのです。

そもそも誕生日が5日違いの2人だっただけに、亡くなった日も8年違いの同じ日というのは、不思議な縁を感じますね。

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