赤西仁さんといえば、元KAT-TUNの人気メンバー。
脱退後も赤西さんのグループ復帰を夢見るファンもいましたが、結局はKAT-TUN自体が解散し叶わぬ夢となりました。
グループ在籍時には赤西さんと亀梨和也さんとのツートップで「仁亀」と呼ばれ神秘化されていました。
その一方で、当時から不仲説が囁かれ、最終的には赤西さんが悪い形でグループを去り、遺恨の残る関係であるとされました。
今日は赤西仁さんと亀梨和也さんの在籍時の逸話や不仲説、現在の関係などについて分かっている範囲で整理してみたいと思います。
赤西仁と亀梨和也の関係。1学年差も同時にジャニーズ入所
赤西仁さんは1984年7月4日生まれで、亀梨和也さんは1986年2月23日生まれと赤西さんの方が亀梨さんよりも年齢にして約2歳年上、学年的には1学年上です。
2人共にジャニーズ入所は同じ1998年11月です。

亀梨さんから見た赤西さんは年上だけど同期という存在です。
同時入所というだけあって、ジュニア時代から一緒に仕事する機会も多くありました。

年齢的には赤西さんの方が上だったということで、亀梨さんが赤西さんに甘えるようなシーンも多くありました。

亀梨さんは赤西さんのことを「お兄ちゃん的存在」と回想していますが、当時の共演映像を見てれば納得です。
当時の亀梨さんに対する「ジャニーズっぽくない」とのイジリに対して、赤西さんが亀梨さんを「可愛い」と庇う一幕もあったほど。
亀梨さんは入所した翌年の1999年には「金八先生」に出演し世間に認知されるなど、デビュー前の知名度は亀梨さんに軍配が上がりました。
世間的には無名であった赤西さんですが、ダンスの上手さ、ルックスの良さからジャニーズ内ユニット「B.A.D.」に召集されるなど有望なポジションを確保。
赤西さんもジャニーズファンの間では注目される存在でした。
2001年に堂本光一さんのバッグダンサーとして結成されたKAT-TUNで2人は合流。

KAT-TUNは当時のジャニーズの中でも悪っぽいメンバーを集めたとされ、赤西さんも亀梨さんも尖った存在であったことが伺えます。
赤西派と亀梨派。KAT-TUN時代は人気を分け合った
2001年にKAT-TUNが結成されると、デビュー前にも関わらず多くのファンを獲得。

当初は金八先生で馴染みのあった亀梨さんの一強人気でしたが、メディア出演を重ねていくうちに圧倒的なルックスを誇る赤西仁さんも知られる存在に。
2003年に「ジャニーズ名鑑」の対談で、赤西さんは亀梨さんに対して「仲間であるのは当然なんだけど、それと同時に、いい意味でのライバル意識を持てる相手って感じがするよ」と発言するなど、当時からライバル関係にあったことを認めています。

2004年頃には赤西さんを主体にした企画が増え、ほぼルックスだけで亀梨さんの人気に追いつきました。

2005年にドラマ「ごくせん」で共演すると、赤西さんの世間的認知がさらに増し、赤西さんは「第二の木村拓哉」と言われる存在とまでなりました。
この頃から2人は「仁亀コンビ」と呼ばれるようになり、現在までにジャニーズ史上最高のコンビと言われています、
世間では「赤西派」と「亀梨派」という論争が起きるまでになりました。
赤西仁と亀梨和也はお互いにライバル意識を持っていた?
2005年に「ごくせん」で人気が横並びになっていた赤西さんと亀梨さん。
しかし、2005年11月、亀梨さんはドラマ「野ブタ」で山下智久さんとW主演を果たし、主題歌「青春アミーゴ」をリリース。

亀梨さんだけKAT-TUNよりも先にレコードデビューした形となり、ドラマも楽曲も流行。
この一瞬だけは亀梨さんの人気が赤西さんを上回ったような印象でした。
赤西さんは亀梨さんに先にデビューされてムカついたでは?と思われますが、当時出演した番組で「売れなかったら殴ってた」と発言し、赤西さんは今後のKAT-TUNのためにも「青春アミーゴ」が成功することを純粋に祈っていたことが分かっています。

2006年にKAT-TUNがレコードデビューすると、デビュー曲「リアルフェイス」では赤西仁さんの覇王的な演出が目立ち、歌い手としても亀梨さんを巻き返しました。
デビュー後、赤西さんに憧れるジュニアの子が続出し、赤西さんのように髪を伸ばして外ハネを作り、赤西さんのように気だるそうにダンスする子で溢れたそう。

一般男性の間でも赤西さんの髪型やファッションを参考にする人が続出し、カリスマ性では亀梨さんよりも上を行った印象でした。
それでも、赤西仁さんは夜遊びのスキャンダルや留学騒動など問題行動が目立ち、株を下げまくり。

一方で亀梨さんはノースキャンダルに真面目な仕事ぶり、「結局、KAT-TUNは亀梨で回っている」と、社会的評価は亀梨さんの圧勝。
常に人気や話題面で追いつき追い越しを繰り返していた2人だけに、世間は2人をライバル関係として見るようになっていました。
そんな矢先に、赤西さんはソロ活動を開始、グループを脱退。

さらに、授かり婚に謹慎ペナルティ、ジャニーズ退所と、知らぬ間にライバルとも言われない距離まで離れていきました。

最後までKAT-TUNに貢献したのは亀梨和也さんで、終わってみれば若い頃のメディア露出やアイドルぶりは亀梨さんに勝負ありという形となりました。
それでも赤西さんはソロとしてもオリコン上位を連発し、東洋アジアで人気を誇り、亀梨さんと違った形で成功。
結局はどちらが凄いとも言えないぐらいの差が保たれ続けました。
仁亀コンビの逸話。実は仲良しだった?不仲説まとめ
亀梨さんとライバル関係と言われた状態のまま、後味悪い形でKAT-TUNを去った赤西仁さん。
仮に順調にKAT-TUNが活動していれば、嵐はもちろん、SMAPの人気にさえ届きそうな勢いでしたが、赤西さんのスキャンダルに振り回され失速。
ドラマ「ごくせん」で共演した際には亀梨さんが「あいつ言い訳ばっかだから」と愚痴ったりする場面が目撃されていました。
KAT-TUNが売れて以降、赤西さんは錦戸さんや山Pらと”赤西軍団”を結成し、港区を中心に遊びふけ、素行の良い亀梨さんと対照的でした。
KAT-TUNファンはもちろん、グループの中心格であった亀梨さんからすれば、赤西さんの自分勝手な行動の数々に憎しみを持っていても不思議ではありません。
在籍時から脱退後まで不仲説が流れ続けました。
しかし、ジュニア時代からの仁亀コンビを知っているファンは、実際の2人は仲良しで、キムタクと中居のような潜在的な関係であると信じています。
↓実際にネットに残る赤西仁さんと亀梨和也さんの仲良し伝説をまとめてみました。
赤西仁と亀梨和也の仲良しエピソード
- ドラマ「ごくせん」で共演していた頃は毎日2人で電車で現場に通い、時には「撮影が押したことにしようぜ」と、2人でマッサージやご飯に行くなどしてKAT-TUNのダンスリハをサボっていた。
- ドラマ「ごくせん」のロケ弁を2人で好きなオカズを分け合って食べていた
- 24時間テレビで椅子の数が足りなかった時に2人で半分ずつシェアして座った
- 近所に住んでいた頃、よく仁亀と山Pの3人で健康ランドに行っていた。
- 赤西の誕生日にメンバーで直接メールをくれたのは亀梨だけだった
- 赤西は亀梨の痩せやすい体質を心配して食べ物を与えていた
- 赤西が留学する際に「ご飯を食べること」「なるべく電話すること」「必ず帰ってくること」「お互いに成長すること」「1人で悩まないこと」を亀梨と約束した。※実際に赤西は亀梨に頻繁に電話して相談などしていた
- 赤西が留学から帰国する際、メディアやファンのバッシングを亀梨が心配し「歓迎しよう」と呼び掛けた。
- 2人でカラオケに行くと歌いたい曲が被りまくり、赤西の方が上手くて悔しかった。
- デビュー前、赤西は亀梨と一緒に駅前留学しようと思ったことがある。
- 赤西は「無人島に1つだけ持っていけるなら」との質問に「亀梨」と答えた
- 赤西は亀梨の完璧なそっくりさんと対面した際、眉毛の些細な違いを見抜き「違う」と言った。
- 赤西はジュニア時代からずっと亀梨のことを「可愛い」と言っていた
- ジュニア時代に2人でオレンジの成分入り顔パックをしたことがある
- ジュニア時代、2人で洋服の買い物に行くと赤西が亀梨に似合いそうな服を選んであげてた。
- 赤西は亀梨のスリーサイズを知ってるとドヤってた
- ジュニア時代、亀梨は赤西と同じグループでデビューしたいと言っていた。
- ジュニア時代、赤西が寝ぼけて亀梨に電話することがあった。
- 亀梨が赤西と「赤い糸で繋がっている」と発言し赤西も肯定していた
- 亀梨が赤西と前世から友達だったと発言すると、赤西も否定しなかった。
- 亀梨は「仁ぐらいかっこよくなりたい」と言っていた
- 赤西はよくアクセサリーを忘れていたが、毎回のように亀梨が届けた。
- 亀梨は赤西とふざける時の抜け具合が似てると思っている
- 山Pが美容院に行くと、なぜか仁亀が椅子に座ってハモっていた。
- 赤西は田口が亀梨にキスする真似をすると、田口を蹴った。
- 2009年頃に亀梨が飼っていた愛犬の「蘭ちゃん」は赤西と2人でペットショップに行った際に出会った。
KAT-TUN解散後に仲直り?不仲説自体が都市伝説だった可能性大
2010年に赤西さんがグループを去ってから、まるでNGワードのように赤西さん関連の話題は皆無。
また、赤西さんの口からも古巣や亀梨さんに関する発言もなく、長く不仲が噂されました。
暴露系ユーチューバーの”ガーシー”が流行っていた頃、ガーシーさんは亀梨さんと赤西さんの不仲説について「本当だと思います」と発言。

ガーシーさん曰く、亀梨さんと山Pが仲良しだということで、山Pが嫌っている赤西さんと仲良くできないのが理由としていました。
しかし、同じ頃に赤西さん錦戸さんと配信ライブを開始すると、時よりKAT-TUNや亀梨さんに対する言及をし始め、その度に「NGじゃないのか」と話題になりました。
古巣の解散が決まった際にも、赤西さん筆頭に元メンバーらが反応を示し、2025年3月31日の解散ライブには赤西さんも来場。
解散後の2025年11月11日には亀梨さんが赤西さんとのツーショットをインスタにアップし、ファンらは歓喜しました。

このツーショットが公開された後、各メディアがごぞって報道し大騒ぎでした。
投稿の1ヶ月後の12月17日に亀梨さんが『世界を救う!ワンにゃフル物語~柴と三毛と亀梨くん~』に出演すると、そこで2024年末頃から赤西さんと連絡を取り合うようになったことを告白しました。
亀梨さんは赤西さんにゴルフに誘われてるそうですが、赤西さんが上手という噂を聞いて、自分なりに練習してからじゃないと嫌だと話されていました。
この頃から亀梨さんはテレビでも自然と赤西さんとの思い出を語るようになりました。
亀梨さんは自身のYouTubeでは赤西さんのことを「お兄ちゃん的存在」とし、かつて言われていたライバルというような間柄ではなかったと回想していました。

同期で年上の赤西さんと、同い年で既にスターだった山Pの存在があったからこそ今の自分があると、感謝の言葉を述べていました。
解散後の2人の雰囲気を見ていると、長年囁かれていた不仲説や絶縁説が単なる都市伝説であったことが分かりますね!








コメント