バブル期の音楽シーンを駆け抜け、華やかな人脈と奔放な生き方で知られた音楽プロデューサー・川添象郎さん。
数々の逮捕劇や恋愛遍歴もまた、時代の空気を象徴するかのように波瀾万丈でした。
現代でも音楽プロデューサーや芸能界の大物女性関係に纏わるゴシップは多くありますが、川添象郎さんの真実ベースに出てくる武勇伝を前には霞んで見えます。
今日は川添象郎さんの結婚遍歴や元嫁、大胆過ぎる不倫エピソードを知られている範囲で整理してみたいと思います。
川添象郎の歴代5人の妻一覧
| 順番 | 妻 | 結婚時期 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1人目 | 沢村美司子 | 20代 | 歌手。初婚の相手とされる。 |
| 2人目 | 一般女性 | 不明 | 1人目との離婚後に再婚した女性。詳細は少ない。 |
| 3人目 | 風吹ジュン | 1981年 | 1男1女をもうける。川添さんの不倫で1992年に離婚。 |
| 4人目 | 小出明子(川添明子) | 風吹ジュンとの離婚後 | 林真理子の小説『アッコちゃんの時代』のモデル。男児をもうけたとされる。荻野目慶子さんとの不倫が報じられ別居し離婚。 |
| 5人目 | 陽子(整体師) | 2007年 | 一般人の整体師の女性と5度目の結婚 |
川添象郎の最初の結婚相手・沢村美司子。すぐに離婚し一般人女性と再婚
川添象郎さんの最初の結婚は70年代とされています。
初婚の相手は同い年のジャズシンガー・沢村美司子(みつこ)”本名:中島満子”さんでした。

川添さんの父はイタリアンレストラン「キャンティ」を創業した川添浩史さんで、子供の頃から必然的に音楽界と繋がりを持っていました。
最初の奥さんとの出会いも、自分の周囲の繋がりから自然な形で知り合ったとされています。
この沢村美司子さんという方は、沖縄出身で7歳の頃から米軍基地で歌うという異色の経歴を持ったシンガーでした。
1950年代に10代にしてコロムビアからレコードデビューし、当初から「天才少女歌手」と話題となりました。

映画「ラスベガスで逢いましょう」でフランク・シナトラ、「八月十五夜の茶屋」でマーロン・ブランド、またサミー・ディビス・Jr とも共演。
1956年にはNHK紅白歌合戦へ出場するなど、正真正銘の一流シンガーでありました。
沢村さんは1975年に川添さんとの結婚を理由に芸能界を引退。
しかし、その後に子供に恵まれず1年半で離婚。

川添さんの2022年の自伝『象の記憶』では沢村さんとの結婚は、
「若気の至りで1年半で終わりとなった」
と回想されています。
70年代の川添さんは薬物使用で2度ほど逮捕されており、私生活が荒んでいたことが原因の1つとされています。
沢村さんは離婚後の1986年に芸能界に復帰し、2008年に66歳の若さで亡くなっています。
川添象郎さんは沢村さんと離婚後に一般人女性と再婚しますが、この2人目の妻については詳細は不明となっています。
人気絶頂期の風吹ジュンと3度目の結婚。2人の子供が誕生
30代にして2度の離婚を経験した川添さん。
その後に父のレストラン「キャンティ」で、3人目の嫁となる女優・風吹ジュンさんと出逢います。

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風吹ジュンさんは川添さんの音楽的才能やセンスに惹かれており、”男としては一番嫌いなタイプだった”と回想しています。
そして交際の2年後の1981年に3度目の結婚。

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当時、川添さんは40歳で風吹さんは29歳でした。
この頃の風吹ジュンさんは女優として人気絶頂期であり、川添さんも松任谷由実やYMOらを手掛ける音楽プロデューサーとして名を上げ、人気女優 × 時代の先端を走る音楽プロデューサーという最強夫婦として知られました。
結婚の翌年1982年に川添さんが大麻取締法違反で逮捕されるなど、悪い意味でも注目されました。
結婚後は、1984年に長女、1986年に長男が誕生。
風吹ジュンさんの育ちは複雑で、母親が育児ができず、父親は長く会っていないという恵まれない家庭で育ちました。

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それだけに、自分の家庭は幸せにしたいと、女優活動の傍ら一生懸命に家事・育児に没頭しました。
当時、風吹さんはインタビューで、
「何があっても添い遂げるのが夫婦だと思っていました。
親として、子どもに責任があるのだから。
私と同じ思いを子どもにはさせたくない。
抵抗してもしょうがないから、結婚生活は就職なんだと自分に言い聞かせました」
と語るなど、相当な覚悟を持って結婚生活に挑んだそう。
その一方で川添さんは独身時代と変わらない奔放な生活を続け、やがてアッコちゃんとの不倫に発展し家庭は崩壊することとなります。
川添象郎が小出明子と不倫し1992年に離婚
結婚後2人の子供が誕生するなど長く夫婦仲の良かった川添さんと風吹さん。
しかし、1990年頃になると、後に「アッコちゃん」として有名になる小出明子さんと出会い、不倫に発展。
川添さんが小出さんとの不倫を始めると、風吹さんは出来る限りの抵抗をしました。
- 不倫相手の小出さんを捕まえて直接面談
- 川添さんのベッドの下に小出さんの写真を100枚ほど敷く
- 家の中から駐車場に川添のネクタイを放り投げ込む
などなど、相当な戦いだったそうです。
川添さんは小出さんとホテルで同棲生活を開始し、その後に小出さんの妊娠が決定打となり1992年に離婚。
離婚当時、長女は中学生で長男は小学生でした。
風吹さんは自分と同じ想いを子供にはさせたくないと誓っていましたが、無念にも自分の両親が離婚した時と同じ12歳頃に離婚してしまったという事です。
風吹さんは離婚後キャンティへ行きにくくりましたが、堺正章さんから声をかけられ、再び店を訪れるようになった
相当に揉めての離婚劇でしたが、風吹さんは後年のインタビューで元夫について「恨みもつらみも今は何もない」と発言。
今ではむしろ「ありがとう」という気持ちを持っているそうです。
川添象郎の4人目の嫁・アッコちゃん(小出明子)の不倫は伝説
川添さんが4回目に結婚したアッコちゃんこと小出明子さん。
2人が出会った場所は、やはり「キャンティ」でした。
当時の小出明子さんは女子大生にして読者モデル、港区界隈でブイブイ言わせる、”街で有名な美人”でした。

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バブル期には東京で非常に有名だった「地上げの帝王」こと、最上恒産の早坂太吉の愛人だったなど、業界人の間では有名人でした。
小出明子さんに一目惚れした川添さんは、他の男性からの誘いが殺到していた彼女を独占するために、朝ごはん、ランチ、ディナーと1日3食も誘ったそう。
川添さんは小出明子さんを口説くために超高級ヨーロッパ旅行をプレゼント。
JALのファーストクラスで現地へ飛び、ニナ・リッチから借りたプライベートジェットでロンドンからベニス、そしてパリへはしご。
どこの国でも三ツ星ホテルのスイートに泊まり、高級料理。
シャネルやヴェルサーチなどのハイブランドの服や靴を次々にプレゼント。
小出さんは当時を「夢のようだった」と回想しています。
2人の不倫がスタートすると、なんと川添さんは小出明子さんとホテルオークラで不倫同棲を始めました。
当初、小出さんは「1年だけ」と決めていたそうですが、その不倫は長期に及びました。
小出明子とか風吹ジュンの直接対決
当時の川添さんの奥さんだった風吹ジュンさんは家庭を守りたい一心で必死に抵抗。
ある時に小出さんがキャンティの前で川添さんを待っていると、そこに風吹ジュンさんが現れ直接対決になったこともあったそう。
風吹さんは小出さんを喫茶店に連れて行き、「あなたいくつ?」「本気で川添のことを思っているの?」と捲し立てたそう。
小出さんが風吹さんに、「そんなにとんがらなければ、ちゃんと家に帰しますから」と言うと、風吹さんは「あなたのせいで、うちの家庭はもう崩壊してるのよ」と言い放ったそう。
また、小出さんが「“大丈夫ですよ、奥さま、自信持って」と言うと、さらに事態は悪化。
結局、小出明子さんが川添さんの子供を妊娠したことで、1992年には離婚は成立。
その後に川添さんは小出明子さんと4度目の結婚。
この当時の状況を「略奪婚」と表する人もいますが、冷静に考えれば全ては川添さんから始まったことでもあり、小出さんばかりが責められるのは不純ですね。
川添はアッコちゃんとの間に息子が誕生するも荻野目慶子との不倫で離婚
泥沼離婚を経て小出明子さんと4度目の結婚をした川添象郎さん。
小出明子さんは晴れて「川添明子」となりましたが、明子さんの妊娠中から慶應の女子大生と不倫するなど幸先の悪いスタート。
男の子が誕生すると、川添さんはヨーロッパから白い乳母車を取り寄せ、赤ちゃんに英国王室御用達のブランド服を着せるなど可愛がりました。
息子の幼稚園の受験では川添さんが張り切って喋りすぎて不合格になるなど、空回りするほどに愛していたようです。
一方で、川添さんは有名芸能人との不倫が話題となりました。
川添さんの不倫相手は、当時から既婚男性との噂の多かった女優・荻野目慶子さんです。
荻野目さんは川添さんの前には映画監督・河合義隆さんと不倫。

別れ話の際に河合さんが荻野目さんの自宅で自死、その後も巨匠・深作欣二と不倫関係になるなど、”人の物を欲しがる女”として悪印象。
川添さんと並んで、お互いに”懲りない”として話題になりました。
荻野目さんとの不倫に続けて、川添さんは1997年〜1998年に監禁・暴行、1999年に覚醒剤の所持・使用で逮捕。
それらが理由となり、川添さんと明子さんは2000年までに別居。
子供は明子さんが引き取り、養育費をもらいながら実家で育児に奮闘しました。
2007年までに川添さんは整体師の陽子さんと結婚、この頃までに明子さんとは離婚しています。
川添の風吹→アッコ→荻野目の泥沼はバブルの縮図
川添さんの風吹ジュンさんとの結婚から、港区の人気者・明子さんとの不倫、そして人気女優・荻野目さんの登場は、”バブル期港区界隈の縮図”として面白がられています。
ちなみに離婚当時に小出明子さんが巨額の慰謝料を受け取ったとの噂がありましたが、それは後に本人が否定しています。

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現在では伝説の港区系女子として時よりメディアに登場し、バブル当時の狂った時代を回想し、今日までの経歴を語っています。
小出さんは離婚後に別の男性と内縁関係になり娘が生まれますが、男性との関係を解消。
その後はシングルマザーとして働きながら2人の子供を育てました。
大田区に購入した一軒家で子供と3人で暮らし、川添さんからの養育費・慰謝料は1円も受け取っていないとのことです。
川添さんとの息子は、小出さんが知らない内に子供を産んでいるなど、川添さんのDNAを強く受け継いでるそうです。
2007年に整体師の一般女性・陽子さんと再婚
川添象郎さんは2007年頃に整体師の女性・陽子さんと5度目の結婚。
この頃に、長く別居状態だった小出明子さんとの離婚が正式に成立しました。
再婚後、長く陽子さんの素性は明かされていませんでしたが、川添さんの晩年には「川添陽子」として一緒に大学メディアに出ていました。
川添象郎さんは2024年に亡くなりますが、婚姻関係は最後まで続いていたようです。
川添象郎と最後の妻・陽子の間に子供はいた?
最後の奥さんとの間に子供がいたのかは謎ですが、小出明子さんのインタビューの中から、最後の嫁との間に子供いるらしき情報がありました。
なんと、川添さんは小出さんとの婚姻関係が続いてる頃、小出さんに電話で「誕生日占いをしてほしいんだけど」とお願いされたそう。※小出明子さんは占いが得意
小出明子さんは女の勘で不倫相手が妊娠してることに気付いたそう。
つまりは、川添さんは陽子さんと再婚する前から妊娠させていたこととなり、子供も生まれていると思われます。
ちなみに、当時にして川添さんと小出さんは別居して長い歳月が経っていましたが、あくまで離婚が成立してない時期。
正式に離婚してない時期に妻に不倫相手の子供の運勢を占ってもらうなんて、かなりぶっ飛んだエピソードであります。
まとめ
- 川添象郎はバブル期の華やかな音楽業界を象徴する存在のひとりだった。
- 元嫁に風吹ジュン、アッコちゃんという、いずれも時代を代表する女性たちとの結婚生活を含め、その恋愛遍歴は実に波瀾万丈だった。
- 型破りな女性関係や奔放な生き方は、彼の人生そのものを語るうえで欠かせない。
- 輝かしい成功の陰で、愛や結婚、別れを繰り返していた。
- 良くも悪くも常識にとらわれない生き方は、まさに“バブルの音楽王”という呼び名にふさわしく、伝説として語り継がれていす。
















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