ジュディ・オングさんといえば長年に渡って歌手・女優として活躍し、「魅せられて」の大ヒットでも知られています。
私生活では俳優で歌手の寺尾聰さんとの交際が有名でした。
当時は結婚秒読みとまで言われていましたが、その後に破局。
長く独身を貫いた後に映画監督の鈴木洋樹さんと結婚し、約10年後に離婚しています。
今日はジュディ・オングさんの寺尾聰さんとの交際と、その後の鈴木洋樹さんとの結婚についてわかっている事を整理してみたいと思います。
ジュディ・オングと寺尾聰はなぜ結婚しなかったのか?「ルビーの指環」との関連性
ジュディ・オングさんと寺尾聰さんの関係は、1970年代の芸能界で「結婚間近」とも噂された若いスター同士の恋愛として知られています。
2人の出会いは1970年の前半頃です。

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当時、ジュディ・オングさんは台湾出身の歌手・女優として芽を出し、寺尾聰さんはザ・サベージを脱退し俳優として活躍していた時期でした。
芸能界での仕事を通じて知り合い、交際に発展したと伝えられていました。

交際当時、ジュディオングさんは20代前半で、3歳年上の寺尾さんは20代半ば、業界の間では2人の結婚が噂されていました。
結婚間近で破局。名曲「ルビーの指輪環」は2人の婚約がテーマだった噂
結婚秒読みとまで言われていたジュディ・オングさんと寺尾聰さん。
しかし、その後に破局。
別れてしまっ理由としては、家庭に入って欲しかった寺尾聰さんと、仕事を頑張りたいジュディオングさんの価値観のすれ違いだったとされています。
この破局後、2人揃って国民的アーティストのブレイク。
寺尾聰さんが1981年にリリースしヒットを記録した代表曲「ルビーの指輪」は、ジュディオングさんとの関係を歌っていたという都市伝説があります。
同曲はレコ代、歌謡賞、放送大賞と賞レースを総なめにした80年代初頭を代表する偉大な曲。
2人が結婚式直前に破局していたこと、婚約指輪がルビーだったことから同曲との関係性が疑われるようになりました。
しかし、この曲は作曲こそは寺尾聰さんでしたが、作詞は松本隆さん。
また、寺尾さんはジュディさんと破局してすぐの1973年 に范文雀(はん ぶんじゃく)さんと結婚し1年半で離婚、そして資生堂CMで一世を風靡した星野真弓さんと1981年に再婚しています。
ジュディさんとの関係は寺尾さんにとってあまりにも遠い過去であったことから、その説は無理があるように思えます。
しかし、過去の2人の交際のインパクトと、「ルビーの指環」の儚い歌詞からも、現在も同曲との関係が都市伝説のように語り続けられています。
ジュディオングの元夫は鈴木洋樹。美術商のお金持ちも離婚した理由
ジュディ・オングさんは寺尾聰さんと破局後、長く独身貴族を貫きました
20代、30代を独身で過ごしますが、歌手としては大いに飛躍しました。
この先もずっと結婚せずに歌手活動に専念するかと思われました。
しかし、1992年5月、42歳のときに美術商の鈴木洋樹(すずきひろき)さんと結婚。

40代にしてまさかの結婚ということで、当時はファンも驚きでした。
結婚相手の鈴木洋樹さんはもともと商社マンとして働いたのち、美術の世界に転身した人物。
鈴木洋樹さんは画商として活躍し、世界的なアーティスト・ヒロ・ヤマガタ氏の日本代理権を持ち、当時の年商は約数十億円。
ジュディオングさんも1975年頃から版画家として活動し始め、棟方志功の門下である菊地隆知さんや井上勝江さんに師事するなど、芸術業界での人脈が豊かで、その先で出会ったとされています。
日本と台湾の2カ国で結婚式も5年で離婚。理由は”忙しさ故のすれ違い”
ジュディオングさんと鈴木洋樹さんの結婚式は日本と台湾の両国でそれぞれ盛大に行われました。

それぞれに業界の大物や仕事仲間、政財界や芸能界から多くの人が出席。※2000人以上が集結

一般人では想像もできない規模の盛大な結婚式でありました。
婚後、ジュディ・オングさんは歌手・女優・版画家としての活動を継続しながら、夫・鈴木洋樹さんの仕事も支える形を目指していたとされています。
しかし、実際にはジュディ・オングさんは芸能活動と版画制作の掛け持ち、鈴木洋樹さんは美術商として国内外を飛び回る生活と、想像を絶する多忙さ。
結婚後に子供は生まれず、1997年に離婚を発表。
結婚生活は5年後ほどで終了となりました。
まとめ
- ジュディ・オングは過去に映画監督の鈴木洋樹さんとの結婚と離婚を経験している。
- 1972年に結婚したが、約10年後に離婚。
- 離婚理由については、仕事中心の生活によるすれ違いや価値観の違いなどが背景にあったとされているが詳しい事情については本人たちから多くが語られているわけではない。
- ジュディ・オングは初婚前に俳優・歌手の寺尾聰さんと交際していた。
- 寺尾さんとは結婚秒読みと言われていたが「家庭に入ってほしい」と言われ仕事がしたいジュディオングとすれ違って破局。
- 破局にそれぞれが仕事で成果を出して、お互いに良い未来を歩めた。
- 寺尾の名曲「ルビーの指環」はジュディオングとの破局がテーマという都市伝説がある










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