さだまさしさんといえば、70年代からシンガーソングライターとして半世紀以上にわたり第一線で活躍する大御所。
私生活では80年代に結婚し、現在まで婚姻関係が続いています。
今日はさだまさしさんの妻である女性がどのような方なのか?
また、長く仕事で共演してるNHKの小野文惠アナウンサーとの”夫婦のような”特別な関係性などについて書いてみたいと思います。
さだまさしは1983年に現在の嫁・丸映子と結婚
さだまさしさんは1983年3月に一般人女性と結婚。
当時、さだまさしさんは30歳で、相手の女性は5歳年下でした。
この頃のさだまさしさんはすでに『関白宣言』『案山子』などのヒットで国民的人気歌手となっており、特に夫婦愛を歌った「関白宣言」を作った男の結婚だったということで世間は注目しました。
妻は一般人女性だったということで名前や顔は非公開。
それでも、1983年1月発行の「まさしんぐWORLD会報 Vol.37」にて、

- 名前は「丸映子」
- 島根県浜田市出身
- 生年月日は1957年1月8日生まれ
との記載が、さだまさしさんのコメント付きでありました。
その他にも職業は東亜国内航空(TDA※JALグループの前身)のCAで、性格は大人しくて控えめとの情報もあります。
馴れ初めは1976年のドン底期。妻に支えられ約7年の交際でゴールイン
さだまさしさんが妻・映子さんと出会ったのは1976年で、さださんは25歳で丸映子さんは19歳でした。
当時のさだまさしさんはフォークデュオ「グレープ」を解散し、体調を崩して音楽活動を休止していた頃。

次の音楽活動をどうしていくのか葛藤していたドン底の時代でありました。
一方で映子さんは東亜国内航空(TDA・現在のJALグループの前身の一つ)の客室乗務員(CA)として全国を飛び回る多忙な日々を過ごしていました。
そんな2人は1976年に博多にあるホテル内で出会ったのです。※飛行機で出会ったという説もあり
出会って間もなくして交際を開始。
1977年に発表した「雨宿り」という曲は男女の出会いから恋愛へ発展する様子を描いており、映子さんがモデルになっていると言われています。
また、1979年に発表した名曲「関白宣言」では、映子さんとの結婚を意識した楽曲とされています。
さだまさしさんが全盛期まで駆け上がる最中に、当時の恋人であった映子さんの楽曲への影響が随所で見られたのです。
結婚式はさだまさしが購入した長崎県の島。家族で長崎県で暮らす
7年間の交際の末、1983年3月に2人は結婚します。
結婚式は、さだまさしさんが「関白宣言」をヒットさせた1979年に購入した、地元・長崎県長崎市琴海戸根町の「詩島(うたじま)」で挙げました。

転送元:オリコン
なんとも、さだまさしさんは昔からロビンソンクルーソーにとても憧れていて、その影響で関白宣言のヒット共に2000万で島を購入したそう。
地元で盛大に結婚式を挙げ、その後は長野県諏訪市で夫婦で仲良く暮らしました。
結婚してすぐに妻・映子さんは妊娠。

翌年1984年8月11日に長男の「大陸」さんが誕生。

さらに3年後の1987年6月8日には長女の「詠夢」さんが誕生しました。
東京での仕事の多いさだまさしさんが、なぜ長野県諏訪市での結婚生活を選んだのか。
理由としては、
- ”田舎暮らしへの憧れ”
- ”住みやすさ”
- ”親友の画家・原田泰治が住んでいた”
- 長男が喘息を患い空気が綺麗な場所が必要だった
とのことです。
夫婦で35億の借金問題を乗り越えた
さだまさしさんといえば、過去に映画の失敗で35億の借金を背負ったことは有名ですね。

実は映画「長江」に着手したのは1980年と結婚前で、借金を背負った時期は結婚した1983年とほぼ被っています。
今思うと、結婚や2人の子供の出産は、かなり勇気のいる決断でした。
さだまさしさんは、新婚早々から借金返済のために年間100回以上のコンサートを実施。
この生活を30年間続け、4000回以上のステージに立つという偉業を成し遂げています。
妻子の暮らす長崎県に帰れない日々もあるなど、かなり苦しい時期を過ごしたとされます。
35億円の借金を抱えながら、子供たちにヴァイオリンなど高額な学費がかかる音楽教育を受けさせ、プロの音楽家に育てあげました。

その一方で、長男は大きくなるまで自分の家に巨額の借金があることを一切知らなかったとかいうから驚きです。
それもこれも妻・映子さんの母としての驚異的なマネジメント能力と精神力の賜物です。
当初は「関白宣言」のような時代錯誤な曲をリリースしたということで、結婚生活は厳しいのでは?との声もありました。
しかし、蓋を開けてみると離婚とは無縁な最高の家族を築き結果を出しました。
小野文惠アナウンサーとの関係が夫婦のよう?長年の仕事のパートナー
さだまさしさんの奥さんは妻・映子さんですが、実は仕事のパートナーにも息ぴったりな妻のような存在がいます。
それは、2006年から20年以上「今夜も生でさだまさし」で共演する、アナウンサーの小野文惠さんです。
同番組では、
- さだまさしが自由奔放にトークを展開する
- 小野アナが冷静に話を整理する
- お互いのタイミングを熟知した掛け合いを見せる
という絶妙なコンビネーションが定着。
さだまさしさんは番組内で、小野アナを遠慮なしに弄ったり、小野アナも堂々と切り返したり、まるで本当の夫婦のような空気感があります。

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このことから、まるで”夫婦漫才のよう”だと言われるようになり、ファンの間では「さだの仕事の嫁」とまで言われています。
番組は”見ていて安心する”と評判で、それは2人の疑似夫婦の雰囲気があるからだとされます。
私生活では本当の嫁・映子さんに支えられ、仕事でも良いパートナーに支えられ、女性に恵まれたキャリアでありました。
まとめ
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さだまさしさんの妻は一般女性で、浜田市出身の5歳年下、元CA、名前は「映子(英子)」とされることが多い。
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新婚1983年の結婚以来、芸能活動の表舞台に立つことはほとんどなかった。
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NHKアナウンサーの小野文惠さんとは、「今夜も生でさだまさし」で長年共演を続ける仕事仲間で「夫婦のよう」と言われているが、実際の妻ではない。

















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